第2話 リスキーゲーム (01)

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今回は本番はなし。一時間ほどデートしてパンツを渡して三万円、という約束だ。

ところが、待ち合わせの駅前広場にやってきたのは写メとは違うデブ男だった。

広場を見下ろせる歩行者デッキの上からこっそり観察しながら、送ってもらった写メを見なおした。長い金髪をうしろで束ね、自信に満ちた精悍な顔つき。つり上がった目には力があった。物理学者で大学の先生だという。そうは見えないけど、経歴詐称くらいは別になんでもない。すくなくともデブではない。

別人だ。でも目印は合ってるから、あたしを呼び出したのは下にいるデブで間違いない。

どうしたもんだろう。

このまますっぽかして、『キモデブ死ね』とでもメールしてやろうか。本番ありなら当然お断りだけど、今回はパンツを売るだけだ。メールでは楽しい人っぽかったし、実際の人柄を確かめてみてからでも遅くはない。

あたしは目印のベージュのベレー帽をかぶると、駅前広場に降りた。

きょうはブラウン系チェックのオータムワンピにベージュ色のショートボレロを着てきた。レースティアードのかわいらしいデザインで、それなりに目立つ。

デブ男はすぐにあたしに気がついた。

「あなたが田辺さん?」

「そ、そ、そうッ。田辺ッ。沙希ちゃんだね? ほんとに来てくれたんだ」

田辺氏は汗をタラタラ流して、フーフーと荒い息をしながら言った。

三十歳くらいだろう。寝癖がそのままの髪に無精髭の生えた二重あご、洗濯してるとは思えない汚れたシャツ。視姦するようにあたしを見て、ニタニタと笑っている。

マジでキモい。やっぱり会うんじゃなかった。

「これがどういうことなのか、説明してもらえるかな」

あたしはケータイで例のイケメンの写真を見せながら訊いた。

田辺氏は、まさかバレるとは思わなかったというような表情を見せてうつむいた。

「だ、だって、正直にぼくの写真を送ったら断られてたよね?」

バカかこいつは。この実物を前にしたら誰だって断るよ。

だけど、それは別に太ってるからとかイケメンじゃないからってことが理由じゃない。

あたしが黙っていると、田辺氏は上目遣いに様子をうかがいながら、

「お、お金ならちゃんと払うよ。約束どおりデートしてくれたら。それでさ、沙希ちゃん。三万って言ったけど、もし、ホ、ホ、ホテルに行ってくれたら十万だすけど」

田辺氏が財布を広げて中身を見せた。確かに十万円程度のお札が詰まっていた。

イケメンのふりをして女の子を呼び出して、実際に会えたらお金でなんとかしようと思ってたわけか。

「沙希ちゃんだってお金が欲しくてやってるんだろ? 声をかけてくれたってことはOKなんだよね。まさか、これじゃ足りないなんて言わないよね」

「あなたがあたしのお客としてふさわしいかどうかは別の問題ですよ」

「は?」

予想外のことを言われて、田辺氏は呆けた表情を見せた。お金さえ出せばあたしを買えると思っていたんだろう。

「ひとつ確認しておきたいんだけど、あたしに送ってきたメールは誰が書いたの?」

「それは、その……。写真を送ったところからはぼくが書いたんだけど……」

あたしはため息をついた。要するに値段と待ち合わせ場所を決めるメール以外は別人が書いてたのか。自分で交渉できない男なんて願い下げだ。

ひょっとしたら外見のせいで自分に自信を持てないだけで、人間的にはちゃんとした人なのかもしれない、なんて思ってしまったのがバカみたい。

「で、でも、そんなこと関係ないだろ。顔で金を払うわけじゃないんだから」

「そのとおり、男は顔じゃないよ。でも、内面の魅力は顔に出るから、結局は顔ね。あなたには男としての魅力を感じない。あたしが約束したのはこの写真のイケメンであって、あなたじゃない。あなたにあたしのお客になる資格はありません。パンツも売らない」

そう言い捨てると、田辺氏は激昂して頭から湯気を立てはじめた。

「なんだよ! クソビッチのくせにお高くとまりやがって! 金なら払うって言ってんだろ。相場の十倍だすって言ってんだよ。ウリやってるくせに男を顔で選んでんじゃねーよ。この腐れマンコが!」

中身のない男に罵られたところで痛くも痒くもない。むしろ笑いをこらえるのに必死だった。

「あんた、一生童貞ね」

「ちょっと待てよ!」

立ち去ろうとしたあたしの手首を田辺氏がつかんだ。力ずくで襲われたら勝てないけど、人目があるから恐怖は感じなかった。肌に触れられたことが気持ち悪いだけだ。股間を蹴り上げてやろうとしたとき、

「そこまでだ、この外道!」

男性がひとり駆け寄ってきて、いきなり田辺氏を蹴り飛ばした。あたしの手首を握っていたデブは吹っ飛んで、地面にころがった。

突然現れたのは写メの男性だった。

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