第15話 ロンリーガールによろしく (03)

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 最初は陰口を言われるようになった。

 あたしが片親で親戚に預けられているという話を教師が女子の誰かに漏らしたらしくて、家庭環境についていろいろ詮索されはじめたのがきっかけだった。お父さんが浮気をして女と逃げたんだとか、お母さんが傷害事件を起こして刑務所に入れられてるとか、小学校で給食費を盗んで停学になったらしいとか、いろんな噂を流された。一人ぼっちのあたしには味方はいなくて、なすすべがなかった。ほとんどの噂はデタラメだったけど、中にはお母さんが風俗で働いてるとか、あたしがもう男を知ってるとか、もちろんみんなデマを流してるわけだけど、偶然本当のことも混じっていて、あたしは強く否定することができずにいた。

 ある日、女子の一人が「ペンケースがなくなった」と騒ぎ出した。ネコのキャラクターの形をしたかわいらしいデザインで、お父さんが東京で買ってきてくれたといって見せびらかしてたやつだ。半泣きで「誰かに盗まれたんだ」と言い出して、そのときクラスの女子が一斉にあたしを見た。そんなふうに思われていたのはさすがにショックで、目が泳いでしまった。それでますます怪しまれたんだろう。一人の女子がバッグの中を確認させてほしいと要求してきた。悔しくて拒否したのがいけなかった。無理やりバッグの中身をぶちまけられてしまった。

 なくなったペンケースはあたしのバッグの中から見つかった。

 クラスの空気が凍りついた。もちろんあたしが盗んだわけじゃない。誰かにハメられたんだ。いまのあたしならこんな状況は難なく切り抜けられる。でもこの頃はまだ人生経験が足りなかったし、突然のことで頭に血が上ってしまい、何が何だかわからず、冷静に対処できなかった。「知らない、あたしじゃない」と闇雲に否定することしかできなかった。当然、信じてはもらえなかった。持ち主の子は「鳴海さんが泥棒をしたことを先生に言いつける」と言い、ほかの子たちも同調した。

 このとき「ちょっと待ってよ。鳴海さんが犯人だとは限らないでしょ? 誰かほかの子が鳴海さんに罪を着せようとしたのかもしれないじゃないの」と声を上げて、あたしをかばってくれた子がいた。新垣千鶴だ。新垣はまあまあの美人で、社交的で友達も多く、クラスでの地位も高かった。その彼女の言葉にはそれまであたしを非難していた女子も耳を傾けた。「確かな証拠もないのに犯人だと決めつけるのはよくないよ」という新垣の説得でその場は収まった。でも、あたしの潔白を皆が納得したわけじゃない。クラスの大半があたしのことを泥棒だという目で見ていた。

 助けてくれたお礼を言うと、新垣はにっこり笑って「友達になろうよ」と言った。それであたしは舞い上がってしまった。

 この騒動はぜんぶ新垣の仕組んだことだったと、いまならわかる。でも、当時はわからなかった。新垣のことをたった一人の味方だと無邪気に信じてしまった。

 五月には一泊二日の野外研修があった。山の中にある青年の家とかいう施設で団体行動の精神を学ぶという触れ込みの学校行事だ。あたしは新垣に誘われて同じ班になった。どうせほかの班には入れてもらえない。この班にはほかに伊原と真壁という、いつも新垣とつるんでいる女子がいた。班分けが決まったとき、ほかの女子があたしの方を見ながらニヤニヤしているのに気づいたけれど、いつもの陰口だろうと思っただけだった。でも、本当はクラスの女子はみんな新垣の意図がわかっていたんだと思う。

 ハイキングのとき、長沢くんが話しかけてきた。どんな内容だったかはっきり覚えてない。たぶん大したことではなかったんだろう。あとでわかったのだけれど、このとき既に長沢くんはあたしのことが好きだったのだそうだ。あたしの方は何とも思っていなかったし、むしろ男子にはあまり近寄ってほしくなかった。だから、長沢くんのことも避けていた。でも、それがまた新垣の気に触ったらしい。

 夕食は野外炊さんで、カレーライスとピザを作ることになっていた。二班ずつのテーブルに分かれて食事をすることになり、新垣がそのテーブルの女子に「鳴海さんの歓迎パーティをやろう」と言い出した。

 正直に言うと、あたしはすごくうれしかった。新垣と友達になれてよかったと思ってしまった。実際、一言挨拶を求められて、そのとおりのことを言ってしまった。

 その直後、カレーのお皿を頭にかぶせられた。

 何が起きたのかわからなかった。カレーが頭から顔に垂れ、髪をつたって肩にぼたぼたとこぼれた。七人の女子が一斉に爆笑した。我に返ったあたしがちいさな悲鳴をあげてお皿を取ると、誰かが体操服の背中にカレーを流し込んだ。立ち上がって逃れようとすると、こんどはジャージパンツの中にカレーを入れられた。やけどをするような熱さじゃなかったけど、全身を焼かれるように感じた。カレーを拭ってじたばたするあたしを、新垣たちは熱湯風呂コントを見るみたいに笑って、ケータイで写メを撮ったり動画を撮影したりしていた。すぐに教師がやってきて、食べ物を粗末にするんじゃないと、なぜかあたしだけが怒られた。

 野外研修のあいだ、あたしはカレーのシミでまだらになった体操服で過ごすことになった。クラスの女子からは、加齢臭がするとか、下痢便もらしたとか、陰でひどいことを言われた。止めようとしてくれる子はいなかった。担任は生徒同士のふざけ合いと受け止めているようだった。新垣のグループのいじられ役だと思われていたのだ。

 六月に入ると、イジメは急激にエスカレートしていった。

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