第15話 ロンリーガールによろしく (16)Fin

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 あたしは無邪気な笑顔を浮かべてシーツをめくった。

「あれあれー、脚がなくなってるじゃん。両脚ともこんなに短くなっちゃって。あんた、体育の授業じゃけっこう足が速かったのに、もう走れないね」

 新垣の顔を見る。表情をうまく作れない様子だ。怒りの感情は見て取れない。自分のいまの境遇を悲しんでいるのだろうか。

「でも、まあ、脚があったところで動かせないんじゃ意味ないね。切断されたのが用無しの脚でよかったじゃん。一生寝たきりなんだって? 可愛かった顔もメチャクチャになっちゃったね。すっごいブス。伊原や真壁も陰で笑ってるだろうよ」

 新垣が目をそらす。でも、あたしがお前にされたことは、まだまだこんなものじゃない。

 あたしは笑いながら、ベッド下から尿バッグを持ち上げた。おしっこが三回分くらい溜まっている。新垣の目の前で振るとちゃぷちゃぷと音を立てた。バッグに付いている排出用のチューブをつまんで、ストッパーをはずす。

「中学のとき、あたし、よくあんたのおしっこを飲まされてたじゃん。覚えてるよね? どんな味がするか、自分の舌で確かめてみたくない? それとも顔にかけてやろうか?」

 尿バッグの排出チューブを新垣の顔に近づけた。

 新垣は目をギュッと閉じて抵抗した。

 あたしはイラつく気持ちとともにため息をついた。

 排出チューブを元に戻して、尿バッグをベッド下に吊るし直す。

「憐れだな、新垣」

 あたしはこの女を嗤うために来た。「ざまあみろ」と言ってやるために来た。恨みを晴らすためにここまで来たんだ。

 けれど、新垣をいたぶっても何の喜びも感じない。

 こんなはずじゃなかったのに、と思う。

 むしろ、この子を不憫に思った。親愛の情さえ感じた。橋田さんの手紙を読んで、小躍りして喜んだあの時の気持ちはもう湧いてこなかった。

 こんなふうに思うのはあたしの心が弱いからなのかもしれない。ひとりぼっちが嫌で新垣を友達だと思ってしまったバカな中学一年生のように、あるいは、クラス中から責められて耐えきれずに、やってもいない罪を認めてしまった情けない少女のように、いまのあたしもまだまだ心が弱いからなのかもしれない。

 でも、新垣に対して恨みも憎しみも感じないんだ。かわりに感じるのは親近感のようなものだった。この子は壊れてオシャカだ。もしも人の心の形が目に見えるなら、あたしの心だっていまの新垣のように壊れているに違いないんだ。

「ねえ、千鶴。中学のとき、あたし、あんたに何かしたのかな? あんたを怒らせるようなことを何かしたのかな? もしそうなら謝るよ」

 新垣は何も反応しない。

「長沢くんのことかな? 千鶴は長沢くんのことが好きだったらしいじゃん。あたしは長沢くんのこと、何とも思ってなかったし、告白されたわけでもないよ。言ってくれてたら、あんたの恋に協力してあげたよ。千鶴のこと、応援してあげたのに」

 あたしは目を潤ませて言った。

「友達がいないあたしに千鶴だけが声をかけてくれた。うれしかったよ。あんたは中学時代のただ一人のあたしの友達だった」

 新垣は宙を見つめたまま、何の表情も見せなかった。

 あたしはそんな新垣の姿をあらためて見つめた。ちいさくて弱々しい。これがあたしをあれほど苦しめてイジメ抜いたあの女なのか。本当に友達になれていればよかった。そうすればいまのこの子のために泣いてあげられたのに。

「あんたは一生ベッドから起き上がれない。もしここで死なせてほしいなら、合図して」

 あたしの言葉に新垣はギュッと目を閉じ、一度開いてから、またギュッと閉じてみせた。

 殺してほしい――。

 新垣の目は真剣だった。あたしは心底から悲しんで首を横に振った。

「できないよ。千鶴、あんたがあたしをどう思っていたにせよ、あたしにとってあんたはたった一人の友達。友達を殺すなんてできるわけない。さようなら。もう二度と会うことはない。さんざんイジメられたけど、もうあんたのことは恨んでないよ」

 それだけ言うと病院を出て駅に戻り、最初に来た電車に乗った。翠蓮さんには会わなかったけれど、そんな必要はないし、向こうも迷惑なだけだろう。

 この街にはもう来ない。

 二ヶ月だけだった中学生生活。ぜんぶ忘れて、水に流そう。


第15話 おわり

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