冷蔵庫で寝かせた餡を取り出して、三人で一緒に餃子の皮に包んでいく。優奈は見よう見まねで餃子を作っていた。
時間だけが優奈の苦しみを癒せるのだというなら、きっと楽しい時間であればあるほど早く癒せるはずだ。楽しい思い出で辛い過去を塗りつぶしてしまうのだ。留美はそう思って優奈の世話を焼いた。
「でもさー、留美。停学処分って、内申書にひびかないのかなァ」
餃子を包みながらさやかが訊いた。
(無神経な質問しやがって。そんな話題を出したら優奈が傷つくだろ)
実際、優奈は急に心配そうな顔になって留美のほうを見た。
「いや、大丈夫だ。入試に不利になるようなことは書かれないし、だいたい停学といっても実際には夏休み中なんだから、形だけのものさ」
留美の言ったことは本当のことだったが、優奈は落ち込んだ表情のままだ。
「冴子先生がそう言ってた。だから、優奈が心配することないんだよ」
そう言うと、優奈はようやく微笑んだ。このところ留美は優奈のことを心配してばかりで、自分のことを優奈が心配してくれているとは思いもしなかった。そうして初めて、自分と優奈の関係がぎこちなくなっているのに思いいたった。
余計なことを言うなという目をさやかに向けると、さやかは気にしていない様子で、
「留美はけっこういい大学に行くんだろうな」
「まあ、それなりの国立に行きたいが、さやかだって勉強していない割に成績はいいじゃないか」
「あたしは、まだ何も考えてない。将来、何になりたいかってのもよくわからんしな」
優奈の手が止まっているのに気づいた留美は、
「優奈は将来の進路とか考えてるのか?」
「わたし? わ、わたしは……」
優奈はうつむいたあと、顔を真っ赤にして、
「わたしは将来、小説家になりたい……かな」
照れ隠しなのか、手に持っていた餃子を大急ぎで完成させ、続けてもう一個作ると、恥ずかしそうに顔を上げた。
「優奈は本が好きだもんな」
留美が優しい声で言うと、優奈はますます顔を赤くして、
「じ、実はわたし、小学生の頃から書いてて、その、ファンタジー、なんだけど……。書いてると夢中になって、一日中ぶっ通しで書いてたこともあったよ」
「こんど読ませてよ」
ファンタジーは苦手なくせにさやかが言うと、優奈が小さく、
「いまは、まだダメ」
絶対ダメだという思いが感じられた。優奈はちょっと口調がきつすぎたと感じたのか、
「小説の読者は登場人物になりきっていろんな人生を疑似体験できるっていうでしょ。でも作者はどんな人生を体験するのか自分で決められるんだよ。わたしにとって小説を書くことは自分の人生を選び取ることなんだ、……と思う。だから、もうすこし大人になるまで、ひとには見せられない。まだ、恥ずかしいから」
わかったようなわからないような理由を説明すると、優奈は黙って餃子を作りつづけた。
子供の頃から書いているという小説。その内容は事件と無関係ではないのだろう。『自分の人生を選び取る』という言葉からは、小説を書くことが優奈にとって生死を左右するほど重いものであるのだろうと感じられた。
[夏をわたる風]
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