第16話 世はなべて事もなし (05)

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 さて、週が明けて月曜日からはまた図書室当番が回ってくる。といっても、今回は木曜日から期末テストがあるので、当番は水曜までの昼休みだけだ。

 あたしは岩倉くんと一緒に食べるサンドイッチを作って学校に向かった。最初の当番のときにお昼を作ってあげたのがきっかけで、図書室当番のときは二人分のお弁当を用意してる。いつも作ってもらうんじゃ岩倉くんも悪いと思ったのか、前回一度「こんどはオレが作ってきてやるよ」と言ってくれたのだけれど、その結果、岩倉くんは料理が得意ではないのがわかったので、やっぱりあたしが作ることにしたのだ。

「あたし、お弁当作るの好きだから気にすることないよ。趣味みたいなものだから。まあ、この貸しはいつかあたしが困ったときにまとめて返してくれればいいよ」

 そう言って笑ったんだったな。

 あたしは岩倉くんがあたしの作ったお弁当をおいしそうに食べてくれるのがうれしかっただけで、貸しだとは思ってない。マリアさんがショウマの家政婦をしてるのも同じような気持ちなのかも。

 ただ、岩倉くんとウワサになってしまったのは誤算だった。あたしはいいけど、あっちは迷惑に思ってるかもしれない。岩倉くんは生徒会長の――、いや、もう代替わりしたから元生徒会長だけど、――岡野恵梨香先輩に片想いしてるから。

 それで先週、

「こんどの当番のとき、またお弁当作ってきてあげてもいいかな? もしも迷惑――、これ以上あたしに借りを作るのが嫌だってんなら自重するけど」

 と尋ねたところ、岩倉くんはすこし考えてから、

「別に作ってきてもいいけどな。美星の作る弁当は美味いし……。まあ、お前が迷惑じゃなきゃ、だけどな」

 と、ぶっきらぼうに答えたのだった。

 美形で女子にモテるわりに恋愛ごとには疎い感じだな、あの男は。

 このとき、ちょっとからかってやろうと思って、

「あれあれー? もしかして御影くん、あたしがみーくんに気があるんじゃないかとか思ってなぁい?」

 と、ジト目で言ったら、

「んなわけあるかッ。美星が迷惑に思ってるんじゃなきゃ、俺は別に構わないって言ってるんだ。まあ、あまり借りを作るのは嫌だから、食材の費用くらいは出す。それから、俺をみーくんと呼ぶんじゃない」

 そう言ってどこかに行ってしまった。

 あたしと噂になっちゃってることについては何も気にしてないらしい。あたしに対して男女の関係を意識したりもしてないようだ。好きな人がいるときにはほかの女に目移りしないタイプなんだろうな。

 岩倉くんは魅力的な男の子だけど、不思議と「この男を落としてやろう」という気持ちにはならない。あたしはすぐ男性と距離を詰めてしまう癖があるので、岩倉くんに対しても平気でくっついてしまう。でも、それが恋愛感情に発展してしまうってことがない。そういう意味じゃ、一緒にいて安心できる男子だ。あたしにとっての恋愛は援助交際でセックスすることだからね。

 そんなことを考えながら校門を入ると、拓ちゃんの姿が目に入った。

 鳴海拓也。父方のいとこで一つ年上の三年生。あたしの初恋の相手だ。セックスのことなんて何も知らない幼い子供が身近な男の子に抱いた「いつも一緒にいたい」という気持ちが恋と呼べるものならだけど。この人に抱かれたいという強烈な欲望を感じないものが恋と言えるわけがないよね。それってただの親近感じゃないかな。

 けど、じゃあ去年のクリスマスに拓ちゃんに抱かれたときの気持ちは何だったのか、それもよくわからない。

 あのとき感じた胸が締め付けられるような痛みは、いまはもう感じない。

 拓ちゃんはまだバージンだった頃のあたしを知ってる。高校生になってからの拓ちゃんへの想いは、めぐり合わせによってはあり得たかもしれない普通の女の子としての人生に対する、憧れや思慕だったんじゃないかと思う。

 拓ちゃんと並んで歩いている女子生徒。恵梨香先輩だった。二人は特進の同じクラスだから、一緒にいても不思議はない。恵梨香先輩は拓ちゃんのことが好きで、去年のクリスマスに告白した。そのときはフラれたはずだけど、いま見たところじゃ妙に仲がよさそう。どうなってるんだろ。もう半年以上経ってるし、今年は二人とも受験生だよ? 拓ちゃんも断ったなら断ったで中途半端な態度はやめてあげた方がいいんじゃない?

 岩倉くんのこともあるしね。

 うーむ。

 受験、勉強、恋愛、部活、将来の夢。それが普通の高校生なんだろうけど、あたしにはどれもない。ちょっと前まで、それが悲しくてたまらなかった。悔しくて、僻んで、早く死にたいと思ってた。

 いまは違う。

 普通の人生も送ってみたかったなとは思う。けれど、あたしはセックスの絶頂の中に自分を見つけてしまった。あたしは援交少女なんだ。

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