第16話 世はなべて事もなし (04)

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 ショウマとのセックスは好きだ。すごく気持ちよくなれる。この男に恋愛感情を抱いてるわけじゃない。でも、愛のないセックスなのに失神するほどの感動を味わえるというのは、ひょっとするとあたしは心の奥底ではショウマを愛しているということなのかもしれない。慕っているということなのかもしれない。だって、中イキを教えてくれた男だから。

 おとなになったらショウマはセックスしてくれなくなると思う。いま梨沙以外に何人の女の子を調教してるのかな。小学生や中学生の子もいるのかな。あたしはもう十六歳で経験人数はたぶん三桁に達してる。ショウマに飽きられて捨てられるのが怖い。おとなになってしまうのが怖い。

 一年前はおとなになることなんて想像もできなかった。十八歳まで生きることはないだろうと思ってた。自殺なんかしなくたって、自然に電池が切れて命の灯が消えるんだと思ってた。だけど、もういまはそう思えない。このままおとなになってしまいそうな気がするんだ。そうなったらどうやって生きていけばいいのかわからなくて怖いんだ。

 ぜんぶショウマが悪い。生きることに意味はあると教えてくれたのはショウマだから。だけど、こいつは責任を取るようなヤツじゃない。

 いろいろ尋ねてみたけど、けっきょくショウマは自分の仕事については教えてくれなかった。殺人を依頼しても受けてはくれないだろう。

 まあ、受けてくれるとしても、本当に依頼したいのかどうかは自分でもよくわからないのだけど。

 ショウマが部屋を出て行ったあと、あたしはイキすぎてベッドから起き上がれずにいた。しばらくするとメイド服姿のマリアさんが心配そうに入ってきた。

「大丈夫かい? シャワーにするかね?」

 と、マリアさんが澄んだ声で訊いた。

 あたしは体を起こして涙を拭きながら、

「えへへ。きょうのショウマ、すごくよかった……。すごく満たされた気分。あいつのテクニックはやっぱりすごいな」

 そう言いながらシーツで体を隠す。いまさらマリアさんに全裸をさらしても恥ずかしいわけじゃないけど、恥じらいのない女はモテない。シーツの陰で、アソコから垂れるショウマの精液をティッシュで拭いた。

「いつになく気持ちよかったというのなら、それは沙希が変わったからだよ。駅に迎えに行ったときに感じたのだが、きょうの沙希は期末試験を終えてあとは夏休みになるのを待つばかり、というような顔をしていたね。なにかいいことでもあったかい?」

 あたしはきょとんとしてマリアさんの顔を見た。

「いいこと……? そう……なのかな……。ずっと心に刺さってたトゲがようやく抜けた、ってことなのかも。でも、マリアさんのセリフのおかげで、夏休みの前にまだ期末テストが控えてるってことを思い出させられましたよ」

 そう言って笑った。実際にはテストの前に不安になったことなんてない。これまではテストなんてどうでもよかったからだけど。いまはテスト勉強もすこしはしてみようかなんて思ってる。まるで普通の女子高生みたいに。

 シャワーを浴びながら思った。たしかに変わったのはあたしだ。

 中学のときの事件。その加害者が全員死んだことで、あたしは解放されたんだ。先月までの世界がどんなふうに見えていたのか、いまではもう思い出すこともできない。

 あたしの場合はたまたま救われた。でも、世の中には同じような事件はいくらでもある。たとえば川口の一味の事件だ。蓮司さんが叩きのめしてくれたけど、ちょっと骨を折ってやっただけだ。殴られてケガをしても、男ならそれだけのことで済む。何ヶ月かすれば笑い話にされてしまうだろう。

 あの連中も始末すべきではないだろうか。

 生きていてはいけない人間というのはいるものだ。法律は裁いてくれない。社会は助けてくれない。だからといって、あたしにどうにかできるわけじゃないけれど。

 死んだほうがいい人間なんていないとうそぶく奴らから見ればあたしの方が異常な人間に思えるだろう。でも、あたしはとっくの昔に社会からはみ出してる。

 シャワーのあと、全裸にバスローブをまとい、サンルームにある籐の安楽椅子に座って、マリアさんが作ってくれたモヒートを楽しんだ。凍らせた角切りマンゴーが詰め込まれていてベロが冷たくなった。ショウマの姿はどこにもなかった。

「ショウマは出かけたよ。あいつに害獣駆除を持ちかけたそうだね。以前にも沙希はそんなことを言っていたが、駆除したい害獣がいるのかね?」

「高校生には払えないほど料金が高額だと言われましたよ。高校を卒業したらショウマの仕事を手伝えないかなって訊いてみたんですけど、はぐらかされました。マリアさんはどうして住み込みの家政婦なんてしてるんですか? そのぉ、どうしてあいつと……」

 マリアさんは家ではいつもメイド服を着ている。それもメイド喫茶の制服みたいな、スカートが短くて胸が開いてる服だ。

「家事をするのが好きなんだ。趣味だね。このメイド服も可愛いだろ? 雇われているわけでも男女の仲というわけでもないよ。沙希が将来あいつの仕事を手伝うというのは難しいだろうが、害獣駆除の話ならわたしが口を利いてやろうか?」

 その申し出に、あたしはあいまいな笑みを返すことしかできなかった。

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