あわてて駆け寄って小川さんの体にしがみついた。
「ちょっと、小川さん! ダメだって!」
「離してください。きのうのアレ、見たんでしょ? もう、おしまいです!」
「そんなとこ登ったら危ないってば! お父さんとのことだったら誰にも言わないから」
「言いふらすに決まってます。もう死ぬしかありません!」
「この高さから飛び降りても、うまく死ねないよ!」
不意に小川さんの体から力が抜け、あたしもろともうしろにひっくり返った。
倒れたままぎゅっと抱きしめる。そうしないと小川さんの魂が体から抜けてしまうように思えた。
「秘密は誰にも言ったりしないよ」
こんなとき何を言ってあげたらいいのかわからない。たぶんあたしの方が悲惨な体験をしてると思うけど、そんなの慰めにはならない。苦しみも、痛みも、絶望も、その子だけのものだ。ほかの誰かがわかってあげることなんてできない。
できるのは話を聞いてあげることだけ。
もし小川さんが話す気になれば、だけど。
「美星さんが……、きのういっしょにいた人も、お父さん……ですか?」
そう言ったとたんに小川さんは消えてなくなりたいというような表情になった。保険のためにあたしの秘密を押さえておきたい気持ちはわかるし責められない。
「ちがう。お父さんには何年も会ってない」
「そう……ですか……」
あたしは微笑んで、
「あたしさ、援交してるんだよね。きのうなんて大儲けしちゃった」
「援交って……。そんな……! 信じられない。そんなの……不潔です」
「うん、そうだね。あたしはココロもカラダもきたないよ。どうしてこんなふうになっちゃったのか、自分でもよくわかんない。小学生のときレイプされてさ。おおぜいの男たちに何度も何度も犯された。きっとそれで壊れちゃったんだね」
小川さんはどう反応していいかわからない様子であたしを見つめた。
あたしは起き上がって、制服のほこりをはたいた。
「自分から体を売るなんて汚らわしいと思うよね。軽蔑されてもしかたない。言いふらすならそれでもいいよ。そうなっても小川さんの秘密は誰にも言わないから。小川さんって、あたしの憧れの女の子だし、できれば死んでほしくない」
「美星さん……、そんな……」
小川さんも起き上がると、真っ青な顔をしてあたしの手を取った。
「言わない! 誰にも言いません! わたしだって美星さんの秘密は守ります!」
「ありがと。それを聞いて安心した」
あたしが微笑むと小川さんも微笑み返した。
「誰にも相談できなくて、ひとりでつらい思いをしてたんだよね。小川さん、もし胸の内を吐き出したくなったら、いつでも相談して」
「ありがとう、美星さん。わたしも援助交際をしてみます」
「は?」
どうもよくわからないことを言われてしまったのだけど、小川さんは期末テストが終わったときのようにニコニコしてる。
「わたしが援助交際をしたと知ったら、うちのお父さんはどう思うでしょうか。きっとすごく嫌な気持ちになるでしょうね。嫌われると思います。もう顔も見たくない、お前のような子はうちの子じゃない、って言われるかもしれません」
「小川さん……、わざとお父さんにキライになってほしいの?」
「わたし、小学校のころからモデルのお仕事してるんですよ。お父さんはわたしのことをすごく自慢してて、とても愛してくれるんです。中学一年のときに体の関係になりました。むりやりでしたけど、拒めなかったです。そのころはお父さんの勧めで、雑誌できわどい水着姿とかかなりエッチなグラビアも出てたんです。ロリコンの人向けのジュニアアイドル専門誌でした。小学生の雑誌と中学生の雑誌があってね、その両方に出てました。そういう雑誌に載るのもお父さんと性的なことをするのも嫌だったんですけど、『おおぜいの男性ファンが美菜子とのセックスを妄想するが、実際にお前を抱けるのはわたしだけだ。ほかの男に渡しはしない』って言って、聞いてくれなかったんです」
「お母さんは知ってるの?」
「たぶん、気付いてると思います。何も言いませんけど。まあ、気付いてるに決まってますよね。母親なんですから。あっ、誤解しないで。わたしはお父さんのこともお母さんのことも大好きなんですよ。かけがえのない家族ですから。ただ、父と娘がセックスするのはよくないことだと思うし、もう高校生になったのですから、お父さんもそろそろ子離れした方がよいと思うんです」
そう言って小川さんは天使のような笑顔を浮かべた。
どうしようもなくうらやましかった。
実の父親に愛情にあふれたセックスをしてもらえるなんて。あたしのお父さんがあたしの本当のお父さんで、虐待じゃなくて愛のあるセックスだったらよかったのに。
[援交ダイアリー]
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