第6話 雪降る街のキス (12)

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何時間も田辺さんとのセックスを楽しんだあと、午後遅くなって部屋を出た。

西の空には鈍い灰色の雲が広がっていた。空気も冷たくて、肌に残っていた田辺さんの熱をまたたく間に奪い取ってしまう。天気予報では、明日のクリスマスイブには雪が降るって言ってたけど、どうやら当たりそうだ。

アパートの階段を降りて駅に向かって歩き出すと、路上駐車していた軽自動車のドアが開いて、地味なパンツルックの女性が出てきた。またしても野上さんだ。かかわりたくないと思って向きを変えようとしたら、駆け寄ってきた野上さんに腕をつかまれた。

「ちょっと待ちなさいよ! あなた、いま田辺くんの部屋から出てきたでしょ?」

野上さんはむりやりあたしを振り向かせると、目をむいた。

「なによ、子供じゃないの……。あなた、まだ高校生でしょう? 先週も田辺くんのところにいたよね。いったいどういうつもりなの。その制服、どこの学校? 何年生?」

と、補導員のようにまくしたてながらコートの下の制服を確認しようとする。あいにくこれはコスプレ用品だ。抵抗すると、野上さんはあたしを突き飛ばしてバッグを奪った。

「やめてください。なにするんだよ、あんた」

野上さんはあたしのバッグの中身を漁りだした。入ってるのはセックスのとき使った衣装だ。もちろん生徒手帳なんて持ってない。身バレにつながるものは持ち歩かない。

野上さんはバッグの中に封筒を見つけて手に取ると、青い顔をして立ちすくんだ。

あたしは立ち上がって封筒を奪い返した。田辺さんから受け取った十五万円だ。

「そんな大金……。もしかして援助交際しているの? フミくんが? 女子高生と?」

「そうだけど。それがどうかした?」

あたしが認めると、さっきまで相当混乱していた野上さんは、なにやら納得した様子で落ち着きを取り戻した。自信ありげに笑みを浮かべ、髪をかきあげた。

「ふっ、なんだ、そういうことか。お金で女子高生を買ってたんだ。まあ、男だしね」

完全にあたしをバカにした態度だ。気に食わない。

野上さんはあたしを見据えると、厳しい口調で言った。

「今回は見逃してあげる。でも、もう二度と田辺くんに近づかないで。売春するような子にうろつかれたら、みんなが迷惑する。高校生なら勉強や部活に打ち込んだらどうなの。あなたみたいに体を売る女は人間のクズだ。将来ろくな人生は望めないよ」

あたしは野上さんに含むところはないし、田辺さんとのことに干渉するつもりもない。でも、気が変わった。

「あんた、野上惠子でしょ? 喜史があんたのこと、無意味な恋愛を惰性でつづけて人生損したって言ってたよ。あたしには恋人になってほしいって言ってくれたけどね」

わざと田辺さんの下の名前を出してやった。思ったとおり、野上さんは逆上した。

「そんなの体だけが目的に決まってるじゃないの。お金さえもらえば誰とでも寝るような子が、まともな恋愛対象として見てもらえるわけない」

「体も求めてもらえない女がなに言ってるのさ。あたしはけさからずっと喜史とセックスしてたんだよ。先週もいっぱいしてくれた。あんた、彼と最後にセックスしたのはいつ? 気絶するほど気持ちよくしてもらえたことある? ないよね。それって愛されてないってことじゃん。あたしは愛されてるよ。気持ちよくしてもらえるよ。お金で買われたことなんて関係ない。あんたが売春婦と蔑むあたしの方が喜史にとっては魅力があるんだ。お金を払ってでもセックスしたいと思うほどにね」

「あ、あきれた! はしたない。あなた、どういう教育を受けてきたの」

「なんとでも言いなよ。あんたみたいに学歴だけ高くても意味ない。どうせ二十五過ぎるまで処女だったんでしょ? あんたのこと当ててみせようか。恋もおしゃれもせずに勉強一筋、国立のいい大学を出て、大企業に就職、仕事もバリバリこなす。こんな自分の恋人になるのはとびきりハイスペックな男でなけりゃ、とか言ってるうちに処女のまま歳ばかり重ねてしまい、ようやく自分に釣り合う男と知り合って遅い初体験をできたと思ったら、あっさり浮気された。激怒して冷たくしてみたものの、男は一向に戻ってきてくれない。こんなはずはないと男のアパートの前で何時間も張り込んでやっと突き止めた浮気相手は援交少女。なんだお金で買った女なら心変わりしたわけじゃない、一度くらいの過ちは許してあげよう、なんて考えてるんでしょ? いまだに恋人気取りでバッカじゃないの!」

野上さんはわなわなと頬を震わせた。図星だった証拠だ。

「あなたの方こそまともな男性の恋人にはなれないわよ。こ、公衆便所のくせに!」

「バーカ。援交してることを恋人に言うわけないじゃん。黙ってりゃわかりゃしない。処女のフリをするよ。実際、あたしは何度もバージンを売ったことがあるんだ」

「な、なんて子なの。あなたは薄汚い淫売だ。あなたなんかより、知的で常識のある大人の女の方が田辺くんにはふさわしい」

「若くてカワイイあたしの体を知った喜史が、いまさらあんたの元に戻るわけないじゃん。ほかの男だって、高慢ちきなアラサー中古女なんて相手にするはずない。あきらめて修道女にでもなりな、ブス!」

「あ、あなたなんて……、あなたなんて……」

何も言えなくなった野上さんに背を向け、悠然とその場を立ち去った。――ように見えるようがんばった。実際はうしろから刺されるんじゃないかとヒヤヒヤだった。そしていちばん近い路地を曲がると、一目散に逃げだした。

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