人妻セーラー服2 (01)

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 時間に忘れられた喫茶店――。

 駅前の大通りから五十メートルほど路地を入ったところに『純喫茶キャスパック』はあった。大手商社を定年退職したマスターが自宅を改装して始めたちいさな店だ。若い頃に思いを馳せて昭和レトロな内装にしていたが、コーヒーのメニューは充実していて通好み。店内のBGMはなく、柱時計の振り子が規則正しく動く音が、静けさに満ちた空間を作り出していた。

 キャスパックの雰囲気に惹かれて来店する客も物静かな人ばかり。ひとりでふらりと来て、コーヒーを飲みながら本を読んだり書き物をしたりしては、しばらくして店を出ていく。注文するとき以外ほとんど声を出すことはない。

 そこだけ時間の流れが止まってしまったかのように感じられる。まるで都会の一角にある隠れたパワースポットのようだ。こんな店だから客はすくないのだけれど、老後の趣味で始めた店だから、マスターとしては満足していた。

 マスターはすでに七十歳を過ぎ、髪も口ひげも白くなっている。円縁メガネをかけた小柄な男性で、老人だけにできる穏やかな笑顔をいつも絶やさない。

 いまそのマスターの視線は、テーブル席で物思いにふけっているひとりの少女に注がれていた。

 さきほどその少女が店のドアを開けて入ってきたとき、マスターは自分が十年前の世界に迷い込んでしまったのかと錯覚したのだった。

 少女に見覚えがあったからだ。

(あの子は以前にもよくうちの店に来てくれていた……。だが、それは十年ちかく前のことだ。私は夢を見ているのか……?)

 マスターはその美しい少女のことをはっきりと覚えていた。

 白身頃の長袖セーラー服。襟とカフスは濃紺で、白いラインが三本入っている。ミニのプリーツスカートは今風のブルーのタータンチェック。白のオーバーニーソとあいまって、思春期の少女特有のかわいらしさを強調していた。

 近くにある陽蘭高校の制服だ。長い髪を上品なダークブラウンに染めているが、優等生の多い学校だから校則にそれほど厳しくはない。

 恋人のことでも考えているのか、少女は頬杖をついて、ときおりうっとりした表情でため息をつく。パステルブルーのスカーフから一年生だとわかる。入学したばかりの新入生。だが、彼女が卒業してもう七年は経っているはずではないか。

 名前も覚えている。

(前川……くるみさん、だったな)

 そうなのである!

 マスター、あなたは間違っていない。

 その女は高瀬くるみ。旧姓、前川くるみなのである。

 ただし! さっきから、自分は何か霊的な神秘体験をしているのではないか、などと疑っているが、そうではない。

 高瀬くるみは二十五歳、結婚して四ヶ月の専業主婦。

 一週間前に部屋の整理をしていたときに高校時代の制服を見つけ、ちょっとしたいたずら心から着てみたんだよね。そのまま街に出てエッチな冒険をした結果、すっかりJKコスプレにハマってしまったというわけ。

 小柄で童顔のくるみは、すこし気合を入れてメイクをすれば、男子高校生さえ騙しきれるほど女子高生になりきれる。平日の午後はこうしてセーラー服姿で街に繰り出しているのだ。

 くるみは否定するだろうけど、これはもう一種の露出プレイだよ。

 バレるかバレないかというスリル。

 痴漢されたり盗撮されたりするかもしれないというスリル。

 ナンパされてホテルに連れ込まれて犯されるかもというスリル。

 そうした性的な冒険のスリルに酔っているんだろうな、とくるみは自分の行動を分析していた。一週間前、ホテルに連れ込まれたのではなく、自分からホテルに誘ったのだということは、すっかり棚上げしているくるみ。まあ、女性にはありがちなことだけど。

 もちろん本当にレイプされたいわけではない。くるみは夫の高瀬亮さん一筋で、すべての愛情は身も心も亮さんに捧げている。

 ただ、男たちに性的な視線を向けられることの、甘くてロマンチックなスリルは、すっかりくるみを虜にしちゃってた。こんなふうに男たちを翻弄する感覚にハマるとなかなか抜け出せなくなっちゃうんだよね。

 きょう、くるみはランジェリーショップに行き、亮さんに脱がしてもらうためのセクシーで可愛いブラとショーツを購入してきた。今週は亮さんの帰りが早く、一日おきにセックスしてる。ほんとは毎日、朝昼晩と抱いてほしいのだけれど、亮さんはそこまで強くない。くるみは今夜のセックスを思い描いて、ひとりニヘラ顔をしていた。

 アホである。

 そうとは知らないマスターは、孫娘を見るような気持ちでくるみを眺めていた。

 そしてもうひとり。くるみを熱く見つめる目があった。L字型のカウンターの角の席に座っている男子高校生だ。

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