ピンクローターの思い出(14)

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 小学校の裏手には小さな川が流れていて、その向こうには田んぼが広がっていた。あちこちからカエルの鳴き声が響いていた。あたりに高い建物がないので頭上の視界が開けている。その日はよく晴れていて、広大な夜空が端から端まで見渡せた。

 まどかは川の土手に座って星空を見上げていた。すでに時刻は真夜中を過ぎている。月はまだ出ていない。就寝時間のあと、同じテントの二人はさっさとほかのテントに遊びに出かけてしまった。徹夜で恋バナをする班も多いはずだ。先生が何度か見回りに来ることになっているが、子どもたちはそんなことはお構いなしだった。それでも、まどかみたいに学校の敷地の外に出てしまう子はいないだろう。どうせもう転校するのだし、見つかって怒られたところでどうということはない。

「やっぱり、キャンプなんて参加しなければよかった」

 まどかはため息まじりにつぶやいた。

 仲間はずれも罵倒もがまんしていたのに、フォークダンスであんなことになるなんて。

 どこで間違ってしまったのだろう、と思う。もしもやり直せるとしたら、どこからどんなふうにやり直せばいいのか。さっぱりわからない。いままで生きてきて何かいいことがあっただろうか。五年生の終わりに三人の大人に強姦された。それより以前の自分がどんな子だったのか思い出せない。いまの自分はココロもカラダも汚れている。

 この先、生きていてもいいことなんて何もないのかもしれない。

 星空を見上げて思う。名前がわかる星も知っている星座もなかった。宇宙の大きさに比べたら自分の命なんてチリの一粒でさえない。

「あたしがいなくなっても誰も気が付かないんだろうな」

 まどかは唇を歪めて自嘲した。

 そのとき、

「こんなところにいたのかよ。どこにもいないから探したよ」

 と、声をかけられた。

 顔を向けると雄太が見下ろしていた。まどかは泣きそうになるのをこらえながら、むりやり笑顔を作った。

「中川くん、夜中にこんなところにいたら、先生に怒られるよ」

「新田も同罪だぞ」

 雄太はすぐそばに並んで腰を下ろした。

「フォークダンスのとき、ゴメン。新田に迷惑かけたよね。優子ちゃん――、宇田川さんが新田のことを悪く言うから、つい……。どうして女子はみんな新田を仲間外れにするんだろうって疑問だったんだけど、その……、ぼくも悪かったのかな。ゴメン」

「ありがとう。かばってくれて。うれしかった。フォークダンスを一緒に踊ってくれたこともうれしかった。ありがとう」

 雄太は照れてほっぺたを掻いた。

「それでね、中川くん。宇田川さんもあたしがイジメられていたとき助けてくれたんだよ。あの子、美人で頭も性格もいいし、運動だってできるし、人気もあって、あたしとは大違い。いつも思ってた。ああ、宇田川さんみたいなステキな女の子になれたらな、って。あこがれてた」

「新田だって美人だし、一緒にいて楽しいと思う」

「押し倒してキスしちゃうくらい? そのあとで襲ってくるし。ちょっとびっくりした。あたしたち、裸で抱き合ってセックスしたんだよね。ねえ、あたしの体、気持ちよかった? またしたい?」

 まどかがからかうと雄太はうめいた。真っ暗だから見えないが、真っ赤になっているのだろう。

「ゴ、ゴメン。あのときのことはどう謝ったらいいか……」

「気にしなくても大丈夫、あたし、ファーストキスじゃなかったし」

「ウソ、え? どういうこと?」

「女にはヒミツがあるのデス。なんて、ウソウソ。初めてだったよ。でも、気にしてないのはホントだし、援交なんてホントにしてないから、それは信じてほしい」

 雄太を安心させようと、まどかは無邪気な声で笑ってみせた。

「もちろん信じるよ。ぼくは……、その……、新田のことが――」

「あたし、宇田川さんのことが好きなんだ。友だちになれたらよかったのだけど。あたし、宇田川さんにちょっと誤解されちゃってて。でね、そういうわけだから、中川くん、宇田川さんと仲直りしてよ。中川くんと宇田川さんって、すごくお似合いのカップルだと思うもの。あたしも早くステキな彼氏がほしいな、なんてね」

 雄太は言いかけた言葉を飲み込んで黙り込んだ。

 まどかは満足した。これまで雄太と交わした会話の内容はぜんぶ覚えている。雄太と過ごした時間だけは意味があったと信じられるのだ。

「中川くん、星のことに詳しいでしょ? 星座を教えてよ」

 最後の思い出。

 やっぱり学校キャンプに参加してよかった。

 翌朝、まどかは体調が悪いとウソをついて、朝食の前に早退して家に帰った。学校に行ったのはその日が最後。まどかは誰にも何も告げず、遠くの街に引っ越した。

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