放課後に保健室に行くと、となりのカウンセリングルームに通された。あたしは久美子先生と並んでソファに腰を下ろした。
久美子先生は三十代前半で独身。養護教諭だけどカウンセラーの資格も持っている。男のスクールカウンセラーの人が週に二回派遣されてくるけど、あたしは会ったことはない。一年の一学期にはよく久美子先生の面談を受けていた。
「最近は美星さんが来てくれないからさびしかった。学校生活はどう?」
「学校は……楽しい……です。中学は……行けなかったから」
あたしはうつむいて弱々しく答えた。擦り切れてしまった心で健気にがんばっている、という風を装った。そう思われていた方が都合がいいからだ。
「楽しいと感じられるのはとてもいいことよね。夏休みのあと、美星さんはすこしずつ明るくなってきたし、友達も何人かできたでしょ。保健室に来なくてもよくなるのは美星さんにとってすばらしいこと。でも、用がなくても気軽に来てくれていいのよ。お茶を飲みに来るだけでもね。二年生のクラスはどうかしら?」
「D組は女子がおおいから……。でも、先生が……」
「まだ男の先生が怖い?」
あたしは黙ってうなずいた。
「いいのよ。美星さんはそう感じるのが当然だもの」
久美子先生は中学のときあたしに何があったのかを知っている。苛烈なイジメ、学校で集団強姦されたこと、先生たちにひどいことをされたことも。家庭内のことは知らないはずだ。お母さんがフーゾクなのは入学前の面談のとき、お母さん自身が打ち明けていたから知ってる。久美子先生以外にあたしの事情を知ってるのは校長先生と教頭先生だけ。みんな女の先生だ。でも、もちろん援助交際してることは誰も知らない。
「藤堂先生って、どういう人なんですか? 前の学校で問題を起こした人だって下田先生が言ってました」
「経理上のトラブルに巻き込まれただけで、藤堂先生が悪いわけじゃないのよ。下田先生にも困ったものね。藤堂先生は教師としてはとても優秀な方だという話よ。前の学校をやめて塾講師をしていたところを校長先生がスカウトしてきたの」
経理上のトラブルというと横領とかそういうことだろうか。そんな事件を起こして同業者に雇ってもらえるわけないから、藤堂先生が事件を起こしたわけじゃないというのは本当だろう。でも、だったら学校をやめる必要はなかったと思うけど。
「だけど、あたし、なんかいつもいやらしい目で見られてる気がして……。今朝だって体に触ってきて……、すごく怖かった……」
「そうね、あれは全面的に藤堂先生に非があるね。美星さんはなにも悪くない。藤堂先生には強く言い聞かせておいたから。でも、もしまたあんなことがあったら、すぐわたしに相談して。たぶん、藤堂先生は新しい学校に来て女子生徒の扱いに慣れていないんだと思うの。以前の学校は――」
藤堂先生が以前勤めていた学校は晴嵐の特進クラスよりずっと高偏差値の男子校だった。となると優秀な教師ではあるらしい。
「でも、やっぱり藤堂先生のことが怖い……。先生がみんな久美子先生みたいなやさしいお姉さん先生だったらよかったのに」
久美子先生がそっと抱きしめてくれた。暖かくて柔らかくていい匂いがした。
こうして久美子先生と話したところでは、藤堂先生の評判は悪くないようだ。少女を買って変態行為をするような男だとは思われていない。下田先生については話題にしなかったけど、あの人はカッコよくて陽気だから女子に人気がある。このふたりにレイプされたと訴えても、心を病んでる子の話なんて信じてもらえないかもしれない。逆に藤堂先生があたしの援助交際を暴露するかもしれない。わざとレイプされて隠しカメラで証拠を撮影したらどうだろう。いまのあたしならそれくらい平気だ。いやダメだ。そんな大スキャンダルが起きたら、あたしを入学させてくれた晴嵐に大迷惑をかけてしまう。
「はぁああぁぁ~。困ったな。あたしがヤラれるのが先か、あのふたりを排除するのが先か。早く手を打たないといけないのに考えがまとまらない。まあ仕方がない。きょうのところはデートを楽しもう」
学校を出たあたしは家には帰らず、電車に乗った。いくつかの路線を乗り継いで、一時間ほどしたところで電車を降りた。向かったのは駅からすこし歩いたところにあるトランクルームのビルだ。あたしはここに八畳サイズのルームを借りている。自宅の部屋に収まりきらなくなった衣装を収納する場所が欲しかったし、援助交際のときに着替えるのにも便利だからだ。以前はトイレでの着替えに苦労してたんだよね。
フリルとレース飾りをふんだんにあしらったシフォンケーキみたいなかわいいセーラーワンピに着替えた。メイクは高校生らしいナチュラルなデートメイクで、目元はちょっぴり華やかにする。光沢のあるリップで思わずキスしたくなるぷるぷる感を出したら完成。ベレー帽を被ってトランクルームを出ると、地下鉄に乗った。
待ち合わせの場所は都心の複合施設にあるイベントスペース。約束の時間にはまだ早いけれど、哲也さんはもう来ていた。遠目にもそわそわした様子がわかる。こんなふうに求めてもらえるのはやっぱりうれしい。
あたしは哲也さんに走り寄って、満面の笑顔を見せた。
[援交ダイアリー]
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