「清純派AV女優……。すごい言葉が出てきたよ。まあ、でも結婚は当人同士の問題というのは確かにそう思う。わたしもまだ決まったパートナーがいるわけじゃないけど、他人にあれこれ言われたくない。興信所とか、サイテーだと思う」
「そうだよね! わかってくれてうれしいよ、小春ちゃん。興信所の被害には何度もあってるけど、ホントにひどいんだ。家庭環境とかAVのことだけじゃなくて、援助交際してたこととか通院歴があることとか性犯罪被害のことまで、なんでわかっちゃうんだろ。そんなことまで調べるのって違法じゃないの? AV出演を突き止めただけで十分じゃん。それ以上のことを調べる必要なんてないのに。不倫の遍歴まで調べた業者もいるんだよ。信じられない」
「いや、不倫はダメでしょ。興信所の専門分野だし。でも、こうして話を聞いてると、どれがバレてもアウトって感じじゃない? その……、気を悪くしないでほしいんだけど……。ひなちゃんは悪くないから。不倫してること以外は」
「うう、不倫の恋はものすごく苦しくて、それが燃え上がるんだよぉ。普通の彼氏じゃできないようなプレイだってしてくれるし」
「だから不倫はダメでしょ。まあ、それはおいといて、秘密がバレてフラれるなら、最初からひなちゃんの秘密を知ってる人だったら、ちょっとは望みもあるんじゃない? AVで見て好きになってしまいました、みたいな? あと、AV関係者とか」
自分で言っておきながら途中でそれはないなと気づいたみたいに苦笑いする小春ちゃんに、わたしは醒めた視線を投げた。
「業界の人はやだなあー。もし仮にわたしと結婚したいって言ってくれる人がいたとしてもね。そういえば男優さんでいたな。絡みのとき耳元で『結婚しよう、あいしてる』ってささやいてくる人。それが手だとわかっててもうれしくて胸が、それにアソコもキュッてなっちゃうんだ」
「やっぱ、そういうのはないかぁ」
「まじめに好きだって言ってくれる人もいるよ。援交で知り合った人に『こんなことやめて俺の彼女になってくれ』って言われたこと何回もあるし、不倫だって、わたしに本気になってくれた人いるもん」
「それ、タダでエッチしたいからじゃないの? それに、妻とは別れるつもりだ、なんて不倫する男の常套句でしょ?」
「そーゆー人もいるけど、そーじゃない人もいるの! ただ、やっぱりうまくいかないだけで……。つい最近もさぁ、先週まで勤めてた会社でね、若い男性社員のあいだでわたしがとあるAV女優に似てるって噂になったらしくて、四十代の上司がひそかにわたしのDVDを買い集めてたんだ。で、ある日、そのDVDの束を持ってきて『もしかして、これあなたじゃありませんか』って。言い逃れできなくて認めるしかなかったんだけど」
「それで脅迫されて体を要求されたの?」
「ぜんぜんちがうよ。まじめで誠実な人でさ、偏見なくフツーに接してくれた。もしも職場でイヤな目にあったら相談してね、って言ってくれたし。それで仲良くなって、いっしょにランチに行ったりふたりで飲みに行ったりするようになってね。なんかいい雰囲気になったときにキスされちゃったんだ。いつも優しくしてくれて、人間的にも尊敬できる人だったから、奥さんいるって知ってたけど、わたしも甘えちゃって……。『抱いてください』って言っちゃった。エヘヘ」
「エヘヘじゃないよ」
「あはは。まあ、それでそのままホテルに行ってセックスしたの。その人、若い頃に婿入りしたそうで、女性経験は奥さんだけだったんだ。はじめての不倫だからすごく緊張してたみたい。それでも年上の男性らしく、やさしくリードしてくれた。頼もしかったな。それ以来、何度も関係をもった。いつもお世話になってる人だから、わたしもベッドではいっぱいサービスしてあげた。それがいけなかったのかな。彼、どんどんわたしにのめり込んじゃって。十日くらい前にとうとう『妻と別れたい、そうしたら結婚してほしい』とか言い出しちゃって。本気で言ってるのはわかったから困っちゃった。だって、わたし婚約者がいたし」
「おい、なんか時系列がおかしいと思ったら、最初の話につながったじゃないの! いまの不倫の件が婚約解消の原因じゃないの?」
「そんなわけないよ。不倫の彼と婚約者の彼に接点なんてないし、わたしだって気をつけてたんだから。興信所を使われてたらわかんないけど、彼も彼のお母さんもそんなことひとことも言ってなかったし。とにかく、上司がわたしに本気になっちゃったんだ」
「まあ、女性経験のすくない男の人にとっては、ひなちゃんみたいな子とのセックスは劇薬だろうしね。不倫の経験が豊富な清純派AV女優さん」
「そんなに怒らないでよ。それで、彼氏がいることは親密になる前から伝えてあったから、『実は婚約したんです』って言ったら、『その彼氏は雛子がアダルトビデオに出ていたことを受け入れてくれてるのかい?』って。『言えるわけない』って答えたら『ぼくには秘密にしなくてもいいんだよ、雛子のビデオはぜんぶ持ってるから』だって」
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