太陽系外からやってきた、日本列島ほどの大きさの小惑星が数ヶ月後に地球に衝突する危険があるというのだ。専門家の話では地球から十万キロほどのところを通過するのだという。なんだそんなに離れてるなら大丈夫じゃん、と思ったんだけど、翔ちゃんは青い顔をして、
「あかね、十万キロっていったら月までの距離の四分の一だぞ。天文学的スケールから言ったら接触事故を起こしたも同然なんだぞ。最接近のタイミングが一時間ずれていたら地球はおしまいだったんだぞ」
翔ちゃんが言うには地球が太陽の周りを回る速さがだいたい時速十万キロなんだそうだ。時速十万キロって、あんたそりゃなにかのギャグかい、と思ったけど口には出さないでおいた。地球がそんな猛スピードで宇宙空間を疾走しているなんて考えたこともなかったけど、本当なら確かに一時間ずれてれば衝突してたってことになるな。
最接近は二週間後、年明け早々の予定だ。翔ちゃんも衝突は起こらないってことに納得したようで、最近は小惑星の通過をワクワクしながら待ち構えている。毎日、二階の物干し台に望遠鏡を持ち出して、遅くまで観測していた。
ちょうど今日が終業式だったので、翔ちゃんは明るいうちから物干し台に出ていた。あたしは晩ご飯の準備のために、夕方にお母さんと一緒に翔ちゃんの家に行った。
二階の翔ちゃんに呼びかけると、「おー」とか「うーん」とかいう気のない返事が返ってくる。翔ちゃんのお父さんはまだ仕事から帰ってきていない。あたしとお母さんは台所を借りて、食事の下ごしらえをした。そのあとでお母さんが、あんたはもういいから翔ちゃんと遊んでなさい、と言った。それで、レンジでチンした肉まんとポットに入れたスープを持って、二階に上がった。
翔ちゃんはコタツに入ってパソコンをいじっていた。
「やっほ、翔ちゃん」
「おー」
あたしが声をかけても翔ちゃんは顔もあげない。スレートPCの画面を指先で操作しながら、「フーン」だの「ほー」だのとひとりごとを言っている。どうやら物干し台に出した望遠鏡をパソコンでリモート操作しているようだ。画面上には望遠鏡のカメラから送られてきているらしい星の映像が、スクロールしていく何かの数値と一緒に映し出されていた。
あたしはコタツに入って、肉まんとポットを置くと、カップにスープを注いだ。おじさんが帰ってくるのは八時過ぎだろうから、晩ご飯まではまだ時間がある。高校生はおなかがすくのだ。
「肉まん、食べる? スープもあるよ」
「ん? ああ、ありがと」
翔ちゃんは、いま初めてあたしに気づいたような顔をして、肉まんに手をのばした。
「熱心だなぁ。もしかして今夜は一晩じゅう星を見て過ごすつもりだとか言うんじゃないでしょうね」
「そのつもりだよ。あかねも今日は泊まってくだろ? 明日から学校も休みだし、朝までいっしょに観測しようぜ」
「し・ま・せ・ん。だいたい、幼なじみとはいえ高校生の男と女だよ。今日は泊まってくだろ、とか、それおかしいでしょ」
あたしが抗議すると、翔ちゃんは、
「なんで? 前はよくお泊りしてただろ? 風呂だって一緒に入ってたし。お前、俺のちんちん指でつまんで、いもむしぷらぷら~とかって歌ってたじゃん」
んがーッ。いつの話だよ。
翔ちゃんはあたしのことを女として意識していないんだろうけど、それってけっこう傷ついてるんだぞ。
[星くず迷路]
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