「今年のチョコは手作りなんだからね。ありがたく受け取りなさい」
「お、おう。ありがとな」
お兄ちゃんは、晩ごはんのときに醤油さしを取ってもらうような自然さで、あたしからチョコを受け取った。あたしは複雑な気持ちでかすかに苦笑した。
あたしは黙ったまま、お兄ちゃんの肩に頭をもたれさせた。お兄ちゃんの静かな息遣いが聞こえる。恐る恐る、お兄ちゃんの手に自分の手を重ね合わせた。大きな手だ。どきどきする。胸が苦しい。
「お兄ちゃん……」
「ん?」
包み込まれるような感じがした。
胸の奥が、きゅーん、と痛んだ。
なんだかいつもと違う感覚だった。胸が本当に痛いんだ。目が潤むのを感じた。震える唇を片手で押さえた。
なんだこれ?
胸の痛みはいっこうに収まらない。
せつないよ。
おかしいな。なんだこの気持ち……。
「お、お兄ちゃん……」
好き……。
好きだよ、お兄ちゃん。
大好き。
「好き……」
そこで言葉を切った。その先のセリフが出てこない。あたしは目を閉じた。唾を飲み込むと、大きく息を吐いた。そして明るい声で言った。
「……好きな人がいるんでしょ? バスケ部のカズミさん、だっけ?」
「な、なんでお前がそんなこと知ってんだ!」
あわてふためくお兄ちゃんを尻目に、あたしはぴょこんと立ち上がると、お兄ちゃんに向き直って言った。
「好きだ、って想い続けてるだけじゃダメだよ。言葉にしてはっきり言わなきゃ、気持ちは伝わらないよ」
「わかってるよ、そんなこと」
お兄ちゃんは怒られた子どもがふてくされるような態度で言った。
「だからさ、お兄ちゃん。告白しちゃえ」
あたしは今の自分にできるぎりぎりの笑顔を作った。お兄ちゃんは少しのあいだあたしの顔を見つめて、それから自嘲気味に唇をゆがめて笑った。
「そうだな。考えとくよ」
あたしは、先に帰るねと言い残して、広場を離れた。最初は早足で、途中から駆け出して、あたしは公園を出た。
必死で涙をこらえた。
まだだ。泣くのは誰も見ていないところでだ。
そう思いながら、あたしは全力疾走した。
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