第11話 恋のデルタゾーン (09)

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「まあね。でも受験はまだ先だよ。一応、国家総合職を目指しているから、それなりの大学に行かないといけないけど。でも、青春も謳歌しないとね」

「こっか……そーごー……?」

 つまりキャリア官僚か。印象とは違って手堅い性格のようだ。

「中央官庁の国家公務員だよ。財務省か、環境省もいいなと思ってるんだ。これからの社会は環境が大切だからね。みんなが幸せになれる未来のために、力を尽くせたらいいと思う。ちょっと格好つけすぎかな、ハハハ」

「そ、そんなことないですッ。立派な夢だと思います、翼先輩」

 あたしは熱っぽい目で先輩を見つめて言った。思わずムキになってしまったことで、また恥ずかしそうにうつむいてみせた。

「ありがとう。あ、もうこんな時間か。このお店はこのあとお酒を飲む店になるんだ」

「あたしもそろそろ帰らないと……」

 大川先輩はすこし考えてから、

「ねえ、美星さん。こんどの日曜日、映画でも観に行かない?」

 と誘ってきたので、あたしはびっくりして目をそらし、恥ずかしくなってうつむいてしまい、それから上目遣いに先輩を見て、また目をそらしてから、

「はい……」

 と、ちいさく答えた。

 大川先輩は満足そうに微笑んだ。この人は笑みを絶やさないな。

 あたしたちは連絡先を交換して、駅前で別れた。先輩が駅の改札に消えるのを見送った後、ほっと息をついた。

(普通の女の子みたいな、高校生らしい恋愛か……)

 やっぱりヤリマンビッチのあたしには過ぎた望みなのかな。

 次の日の朝、あたしは登校すると二年G組の教室に行った。三ツ沢さんに会うためだ。この人なら大川先輩のことをいろいろ知ってるんじゃないかと思ったのだ。でも、教室の入り口から覗いてみると、まだ登校してきてなかった。理系クラスだから、教室の中にいるのはほとんど男子だ。

 どうしようかと思っていると、ちょうど教室から出てきた桑田くんと出会った。三ツ沢さんと同じクラスだったのか。

「おはよう、桑田くん。こないだ電車で会ったよね。買い物か何かだったの?」

 あたしが声をかけると、桑田くんは落ち着かない様子を見せた。女子と話すのは慣れてないんだな。

「ああ、ちょっとゲームを買いに」

 桑田くんは、こういうタイプの男子にありがちな、ぶっきらぼうな態度で答えた。

「へえ、そうなんだ。あたしはゲームとかしないんだけど、ゲーム得意なの?」

「ま、まあ、ゲーマーと言えるくらいには。美星は……三年の人と一緒にいたけどデートだったのか? 美星のこと彼女だとか言ってたけど」

「あれはナンパ男を追っ払うための咄嗟のウソだよ。彼氏でもなんでもない。だから、あのときのこと言いふらしたらダメだぞ」

 あたしは人差し指を口に当てて、いたずらっぽくウインクしてみせた。

 桑田くんは、「お、おう」と答えて、逃げるように廊下を去っていった。

 よし、とりあえず口止め完了。

 その桑田くんと入れ替わりに三ツ沢さんがやってきた。

「おはよう、美星。どしたの?」

「あ、おはよう。ちょっと三ツ沢さんに聞きたいことがあって来たんだ。三年の男子の大川さんって人知ってる?」

「なに、美星、大川先輩狙い?」

 と、三ツ沢さんは目を輝かせて食いついてきた。

「ちがうよ。男に絡まれてるところを助けてくれたから、どんな人なのかと思って」

「ふうん。大川先輩ね。イケメン、特進で成績優秀、テニス部でスポーツ万能、あと性格もいいんだってよ。もちろんモテモテ、しょっちゅう女子から告白されてるって噂。これまでも何人かと付き合ったことがあるらしいけど、長続きはしないみたい。だけど女を顔で選ばないっていうか、ちゃんと内面を見てくれるそうなの。実際、美人なのに告白して振られた女子の先輩もいるんだって。要するにモテるけど女性に対しては誠実で、だから悪く言う人もいない」

 予想以上に詳しく知っていた。何者なんだ、この子は。

 でも、あたしの印象とはちょっと違うな。

「付き合っても長続きしないのってどうしてなのかな。ていうか、それ本当に付き合ってると言えるのかしら。まずはお友達からってやつじゃないの? そのまま恋人関係に発展せずに立ち消えってことじゃ」

「さあ、広く浅く付き合う主義なのかも。女子が告って、しばらく付き合って、先輩の方から別れようって切り出される、と聞いたけど。ハイスペック完璧超人だから、それに見合う女子じゃないと釣り合わないんじゃないかな」

 それでも悪い噂が出ないということは、誠実な交際なのは確かだ。ううむ、わからん。

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