第16話 世はなべて事もなし (12)
あたしの言葉に梨沙は目を細めた。
「確かに沙希はちょっとヤバめな雰囲気を持ってるけれど、それはメンヘラっぽいというよりローンウルフな感じじゃないかな」
「ひとりでも大丈夫そうに見えるってこと?」
「すこし違う。凛とした強さがあるけど、誰にも頼らずに破滅に向かって走っていきそうな危うさがある感じ。ひとりにしておいたら危なっかしい気がする。藤堂先生も沙希のそういうところが気になるんじゃないかと思うな」
そんなふうに言われて、あたしはただ微笑むことしかできなかった。押し付けないけど、気にしてくれる。友達ってこういうものなのかもな。
「ねえねえ、沙希。あっちの人はたぶん警官だよ」
梨沙が視線を向けたのは広場を見渡せる場所に立っているパンツスーツの二人組の女性だった。姿勢がよく筋肉質で、警官だと言われれば確かにそう見える。二人は立ちんぼの女の子の方に注意を向けていた。
「あの子、補導されちゃうかもね。助けてあげる?」
梨沙は、どっちでもいいけどね、という目をして訊いた。
「ほっておけばいいよ。あたしたちにも言えることだけど、自己責任じゃん」
「フフッ、そうだね。わたしたちだって警官の注意を引くのは避けたほうがいいしね」
どんな事情があるかは知らないけれど、どうなろうとあの子の運命だ。補導されたほうがあの子のためになるのかもしれないし、あたしたちが関わるべきじゃない。
事態がどう展開するのかと思って見守っていると、若い男が声をかけてきた。大学生だろうか。身なりは清潔で下卑たところはない。が、
「キミたちどこの大学? 二人とも美人だね。ヒマなら遊ばない? 俺の友達も誘って楽しいところに行こう。ひとり三万でどう?」
などと持ちかけてきた。ナンパかと思ったら援交の誘いだった。あたしも梨沙も無視していたのだけど、こちらが立ち去ろうとしないからか、しつこく食い下がってきた。
「簡単にお金が稼げる割のいいバイトがあるんだけど興味ない? カワイイ子ほど大金が手に入るんだけど」
その言葉にあたしも梨沙もうっかり男と視線を合わせてしまった。援交の誘いかと思ったら援デリのスカウトだったんじゃねーか。
男は大きなアタリに興奮する釣り人のように目を輝かせた。
「金持ちの紳士と食事をするだけ。まあ、ぶっちゃけパパ活みたいなものだけど。身元のしっかりした客を俺たちが選ぶから安心安全。向こうで詳しく話そうか」
男が馴れ馴れしく体に触ってくる。梨沙が男の腕に手を添えて向きを変えさせ、あたしからすこし離れた。そして男に何やら耳打ちした。その途端、男は真っ青になり、おびえた様子であたしたちから距離を取った。梨沙とあたしの顔を交互に見ると、男はふてくされた顔で歩み去っていった。
「いまの、どんなマジック?」
あたしが尋ねると、梨沙は笑顔で、
「ナイショ。人には言えない穂波家の奥の手だよ」
ふーむ。梨沙の家は超大金持ちだし、一般社会ではできないような裏社会的な必殺技があるのかもしれない。それが何なのか開陳する気はないようだ。あたしだって人を殺したことがあるなんて打ち明けるわけにはいかないしね。それはともかく、梨沙は自分の身を守る術を持っているらしい。
男はあたしたちから離れたあと、性懲りもなく女の子を狙っているらしく、さきほどの大階段の少女に声をかけていた。あんな男の口車に載せられたら、一万円以下の安値で汚いオヤジの相手をさせられて、壊れるまで若さを搾り取られるのがオチだ。
二人組の女性警官の方に目をやると、もうその少女には興味をなくした様子で、広場を横切って大階段を登っていくところだった。歩き方からすると、やはり警官だ。
あたしは大きく息を吐き出した。
「行こうか」
梨沙をいざなって大階段を上がった。援デリ男の後ろを通ると、さきほどの少女を引き入れようと口説いている。少女は戸惑っている様子でオロオロしていた。あたしも梨沙も無視して通り過ぎた。
大階段を登り切ったところには例の二人組の警官が立って、あたりに鋭い目を光らせていた。その横を通り過ぎるとき、あたしは梨沙に話しかけるフリをして、
「階段下の男、別の女の子に声かけてるよ。こんな場所で援デリのスカウトとか、マジでありえねーよ。ホント、迷惑」
と、警官に聞こえるように言った。
女性警官たちはハッとした様子で階段の下に目をやると、足早に降りていった。
「沙希は他人には関わらないんじゃなかったの?」
「ただの気まぐれだよ。あとはあの子の運次第さ」
警官と援デリ業者は援交少女の天敵だ。こいつらを見分けられるかどうかが生死にかかわる。両方を同時に相手をするのは骨だけど、借刀殺人という孫子の兵法もあるしな。
そのあと少女がどうなったのかはわからない。まあ、ものごとの半分は運だ。
[援交ダイアリー]
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