第12話 エンジェルフォール (13)
『十五万円で買ってもらえることになりました。あしたホテルでセックスします。十六歳だって打ち明けたけど、受け入れてもらえました。まだドキドキしてます。高坂さんがいい人でよかった』
美菜子ちゃんのメッセージにはVサインが添えられていた。
「おめでとう。あしたは楽しんできて。あたしは先生とデートだから付き添えないけど、大丈夫だよね」
『大丈夫。沙希ちゃんのおかげ。ありがとね』
けっきょく高坂さんは美菜子ちゃんの魅力にあらがえなかったってことなんだな。弁護士でありながら犯罪だとわかっていて美菜子ちゃんを買うことを決心したんだから。美菜子ちゃんだったらさっきのハンサムさんでも落とせたのかな。高坂さんを落としたトークがぜんぶ美菜子ちゃんの作戦だったんだとしたら――。
ちょっと嫉妬しちゃうな。
帰ろうと思ったとき、ふとあのスマホはどうなったかと思ってGPSを見てみた。
スマホは交番ではない別の建物の中にあった。この場所はエンジェルフォールだ。高坂さんはあたしがこのお店を探していたから届けてくれたらしい。未成年援交を控えて警察に行きたくはなかったんだろう。
このまま放っておけばいいとも思ったけど、取りに行くことにした。店の名前に縁を感じたからだ。
エンジェルフォール。
店名の綴りは『ANGELS FALL』になっていた。『ANGEL FALLS』じゃない。つまり、探検家のエンジェルさんが発見した南米のギアナ高地にある世界最大落差の滝にちなんだ店名じゃない。
天使が堕ちる――。
あたしみたいに援助交際してる女の子にとって、なんとも暗示的な名前だ。
そのビルは一階に海外高級ブランドの店とイタリアンレストランが入っていて、二階より上はオフィスになっていた。となりのビルとの間に皇居方面に抜ける狭い通路がある。その通路に面した建物の中程に地下にある店舗へと下る細い外階段があった。階段を降りたところにエンジェルフォールのドアがあった。飾り気のない木製のドアに『ANGELS FALL』という店名だけが書かれている。目立たない、隠れ家的な雰囲気のお店らしい。
時間的にまだ準備中のはず。GPSはこの店の中を指している。あたしはドアを開けた。ドアベルがかわいらしい鈴の音をかなでた。
「こんにちは」
と言いながら足を踏み入れる。
まだ営業時間じゃないからか、店内の照明は明るい。薄暗いバーの雰囲気はなかった。座席はバーカウンターを含めて二十席ほど。
カウンターの向こうでバーテンダーらしい男性がサイフォンでコーヒーを淹れていた。その男性はドアベルの音にこちらを振り向いた。
「あっ?」
「おっ?」
互いの顔を見て思わずふたりとも声をあげた。
体の奥がうずくのを感じた。さきほど会ったハンサムおじさんだったのだ。
これこそまさに運命の再会だ。
「お前はさっきの女子中学生じゃないか。ここは子供の来るような店じゃないぞ」
男性はあたしには別に運命を感じてはいないようだ。
あたしは構わずにカウンター席に座った。ここはもっとお近づきにならないと。
すると男性は何かを思い出したような顔をした。そしてカウンターの上にスマホを置いた。あたしが高坂さんに拾わせたものだ。やっぱりここに届けられていた。
あたしはスマホを手に取って、自分のものであることを証明するためにロックを解除してみせた。
「さっき常連客のひとりが落とし物だと言って届けに来た。黒いワンピースの美少女が俺の店を探していたと言ってな。お前だったのか。中学生の女の子が何の用事でうちの店を探していたんだ?」
あれは高坂さんに声をかける口実だから別に店を探していたわけじゃない。でも、そのおかげでこの人と出会えた。
「あたしは中学生じゃないですよ。でも美少女だって言ってくれてうれしい。スマホを届けてくれた方には改めてお礼を伝えておいてください。で、あたしがこのお店を探していた理由ですけど――」
両手の指を組んだ上に顎をのせて、色っぽい表情を作って男性を見上げ、
「年上のステキな男性に出会いたかったから、デス」
そのあとで茶目っ気たっぷりに笑顔を見せた。たぶん、この人にはあたしが作り出せる程度の色気じゃぜんぜん足りない。だったら大人の色気をがんばって醸し出そうとしてる健気な少女路線だ。
すると男性は急に鋭い視線であたしをにらみつけてきた。
[援交ダイアリー]
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