第2話 リスキーゲーム (13)

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ハサミが骨にあたるゴリゴリとした感触がした。いったん引き抜いて、もう一度手の甲にハサミを突き刺した。てのひらを突き抜けたハサミの切っ先がコンッと床にあたった。

どこかの部屋で窓ガラスが割れる音がした。どたどたという足音とともに、田辺さんが土足のまま廊下の奥から走ってきた。

田辺さんは何が起きていたのか一瞬で悟ったようだ。吠えながら本多に殴りかかった。

あたしはとにかくこの場所を離れたくて、靴だけを手に取ると、よろけながら玄関から外に出た。

まぶしい陽光が目に飛び込んできた。まだ日が高い。拉致されてから一時間もたっていないようだ。

そこは住宅街にあるマンションの高層階だった。すぐ近くにあったエレベーターに飛び込んで、一階のボタンを押した。エレベーターが動き出してから、自分が全裸なのを思い出した。でも、誰かに見られることなんて気にしなかった。

エントランスを出たところの植え込みのかげに、水道があるのを見つけた。水は冷たかった。だけど、汚らわしい精液を一刻も早く洗い流したかった。

しばらくすると、田辺さんが興奮した様子で走り寄ってきた。

「沙希! 無事か!?」

田辺さんがジャンパーを脱いで肩にかけてくれた。

びしょぬれで震えながら、あたしは拘束具をはずした。

「警察に――」

「やめてよ! そんなことしたら、あたしまで逮捕されちゃう」

思わず声を荒げてしまった。バツが悪くなって顔をそむけた。

「なら、せめて病院に行った方が……」

「レイプはされてない。むりやりフェラチオさせられただけ。もう大丈夫だから。――あいつは死んだ?」

「いや、死にゃあしないよ。腹の傷も大したことない。ぶあつい脂肪のおかげだ。まあ、あいつが死ぬようなことがあったら、やったのは俺ってことになるだろうな。すくなくとも、沙希のやったことは正当防衛だろ? これが証拠だ」

田辺さんは力なく笑いながら、本多の部屋から奪ってきたビデオカメラを掲げてみせた。カメラを持つ手の甲に血が出ていた。どうやら本多を手ひどく痛めつけてくれたらしい。

あたしは微笑んで、田辺さんの胸に顔をうずめた。

「助けにきてくれて、ありがとう」

「ああ。遅くなって悪かったな。これでも急いだんだが。――帰ろうか」

「うん」

田辺さんは大型のバイクでやってきていた。あたしはヘルメットを渡された。うしろのシートにまたがると、田辺さんの腰に腕をまわしてぎゅっと抱きしめた。

全裸にジャンパーだけだから、お尻は隠しきれなかった。これで街中を走り抜けたら通報されるかも。ちょっといやらしい格好だけどしかたない。

さいわいバイクに乗って十分ほどで田辺さんのアパートに着いた。すこしは人目を引いたけど、気にしてもしかたない。

シャワーを借りて、何度も全身を洗った。口と鼻の中も念入りに洗った。湯船につかるとすこし落ち着いた。髪を乾かして部屋に戻ったときには、一時間以上が過ぎていた。

田辺さんは何も言わずに待っていてくれた。

バスタオルを体に巻いただけの姿で、ベッドに腰を下ろした。田辺さんがあたしのバッグとケータイを差し出した。誘拐されたときに部屋の前に落としたものだ。

「ありがとう」

それから恐る恐る、

「あたしがメールした人って、田辺さんの恋人? ヘンに思われなかった?」

「沙希が気にすることはない」

「でも、部屋にバッグ忘れたから取りに行く、って。付き合ってるんですよね。きょうだってデートだったんじゃないんですか?」

田辺さんはおかしそうに笑いながら、となりに座った。

「デート中だったさ。ラブホテルにいた。あいつのケータイに沙希からのメールが入って、彼女がそれを俺に見せた。意味はすぐにわかったよ。だから、すっ飛んできた」

「ごめんなさい」

「彼女にはあとで謝るさ。だから心配するな。俺にはお前の無事の方がずっと大切だ」

そう言って、田辺さんは自分の言葉に驚いたような顔をした。

あたしはバッグから封筒を取り出して田辺さんに渡した。

「お金を返しに来たんです。二回分、契約を果たしてないですから」

田辺さんはびっくりした様子で十万円を確認すると、何か言いたそうだったけど、結局黙ってお金を受け取った。

「きのう俺は沙希を買った。きみは援交してるんだし、金が欲しくてセックスしてるんだと思ってた。だが、俺はきみをひどく傷つけてしまったらしい。ずっとそのことが気になってた。その……、すまなかった」

「もういいですよ。田辺さんがどういう人なのかは、きょう分かりましたから。あなたは命の恩人です」

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