ちんちん生えてきた(11)Fin

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■下妻 日本  12月31日


 ミフユが実家に帰ったとき、家にいたのは母親だけだった。ちょうど昼を過ぎたところで、昼食の後片付けをしているところだった。

「おなか減ったー。お母さん、なんかない?」

 荷物を置きながら言うミフユに、母親はあきれた様子で、

「あんた、お盆にも戻ってこなかったくせに、いきなりそれ? お昼食べてないの? ちょっと待ってなさい。いま年越しそば用意してあげるから」

 と言った。

「お父さんは? 車がなかったけど、出かけてるの?」

「サーキットに行ってる。ジム・カーの年末レースがあるんだってさ」

「ジムカーナね。お母さん、スポーツジムでやってるレーシングカーのことじゃないって説明してあげたのに」

「同じようなものでしょ。まあ、元気でいてくれたらどっちでもいいけど。マギにかかると男はうつになるっていうから心配してたけど、前より元気になったくらい。ミフユは大丈夫なの?」

「ん? あたしはぜんぜん大丈夫」

 と、ミフユはすこし迷いながら答えた。

 母親がそばのどんぶりをお盆にのせて運んできた。大盛りのそばの上にエビ天がふたつとかき揚げがのっている。

「お母さんこそ、変わりないの? マギの検査受けた?」

「先週職場で二回目の検査受けたけど、また陰性だったよ。このまま感染しなきゃいいけどねえ。お姉ちゃんも陰性だって言ってたけど、旦那さんとユズちゃんはかかっちゃったっていうから心配だよ。お昼のちょっと前に高速下りたって連絡があったから、もうじきあの子も帰ってくるはずだけど」

「女は早めにかかった方が安心だよ。感染して重症化するかもって不安でいるよりね。もう世界人口の半分が感染してるってニュースで言ってたし」

 そのあとミフユはしばらく黙ってそばを食べていた。話すべきことがあるのだが、家族が揃ってからにするべきか、先に母親だけにでも打ち明けるべきか迷っていた。やがて、後回しにしたのではかえって言いにくくなると思って、母親の顔色をうかがいながら箸をおいた。

「あのさ……、お母さん。あたしね、赤ちゃんできたんだ」

「あれま。相手は誰? 前に言ってた彼氏?」

「いやー、はっきりとはわからないんだけど、たぶんハルカだと思う」

 妊娠のことには驚かなかった母親も、これには眉をひそめた。

「ハルカって、あのハルカちゃん? だって、ハルカちゃんは女の子じゃないの」

 ミフユは苦笑いしながら頭をかいた。マギに感染すると女同士で妊娠してしまうことがある、などという話はネットでは話題になっていたものの、WHOも厚労省もまだ認めていない。ミフユは産婦人科でその話を聞かされたのだが、自分ごとながらまだ半信半疑だった。

「そうなんだけどね。いや面目ない。実は一緒に住んでるもうひとりの子、マナツっていう子、前に写真送ったでしょ? その子も妊娠しちゃってて、それがその……、父親はあたしらしいんだよね、ハハハ」

 母親はきょとんとした顔をしていたが、すぐに最近の若者のギャグは理解できないといった表情で嘆息した。

「バカなこと言ってないで、お父さんが帰ってきたら話聞いてあげるから、ちゃんと説明しなさい」

 ミフユも笑うしかなかった。

 ハルカとマナツと三人で結婚するつもりだ。もっとも、同性婚は認められ始めているけど重婚は認められていないので、婚姻届は出せないだろう。二人ずつ順番に結婚と離婚を繰り返せばいいんじゃないかなどと話し合っているところだ。結婚についての話を両親にするのはもうすこし待った方がいいかな、とミフユは思った。

 出産と子育ては大変だろうとは覚悟していた。それでも産むつもりだし、なんとかなるだろうと思っていた。最近なぜか政府が子育て支援に力を注いでいて、各種の制度や給付金が充実しだしていることもある。マギ対策を話し合うために秋に首相がアメリカ訪問してからのことだ。マギのせいで不妊になる男性が急増しているからだろうとミフユは思っていた。なんにせよ、マギによって世界もミフユの生活も大きく変わってしまい、もう後戻りはなさそうに思えた。

 日が西に傾き始めた頃、姉夫婦が到着した。自室でくつろいでいたミフユのところへ、六歳になる姉の子――ミフユにとっては姪のユズが駆け込んできた。

「ミフユお姉ちゃん!」

「あ、ユズちゃん、こんにちは」

 ユズがうれしそうにミフユの脚に抱きついた。それが愛おしくてミフユは姪の頭をなでた。自分もこんな可愛い子供を育てたいと思った。

「ねえねえ、ミフユちゃんはおちんちん生えてる?」

 ユズがニコニコしながら訊いた。子供はストレートだ。ミフユはいたずらっぽい笑みを浮かべ、腰に手を当てて胸を張った。

「生えてるぞ。立派なおちんちんがね」

「あのね、ユズ、幼稚園の七夕で『おちんちんが生えますように』って短冊に書いてお願いしたんだよ。そしたら、ユズにも生えてきた。おちんちん」

 ユズはうれしそうにワンピースをまくりあげてパンツを見せた。ミフユが見ている前でユズの股間が膨らんだ。

「うわぁ、ユズちゃん、すごーい。もうおちんちんを出したり引っ込めたりできるんだね。お姉ちゃんもできるぞ。ホラッ」

 ミフユもスカートをめくりあげて、同じように股間を膨らませてみせた。

「ユズね、おちんちん欲しかったんだ、エヘヘ」

「そっかぁ、よかったね。お姉ちゃんもおちんちん生えてきたおかげで、友達と結ばれたんだ。いますごくしあわせな気分だよ。ユズちゃんが神様にお願いしてくれたおかげかなぁ。あしたは神社に行って神様にお礼を言わないとね。一緒に行く?」

「いくーッ」

 元気にはしゃぐユズを抱きしめる。

 いろいろあった今年ももう終わり。来年はきっといい年になるだろう。


おわり

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