あわてて戸に手をかけたあたしをあざ笑うように、いくら引いても鉄の引き戸は動かなくなっていた。鍵は付いていない。たぶん外からつっかえ棒をされたんだろう。
「五時間目の授業が終わったらほかの先生や生徒を連れて戻ってきますよ。みんながどう思うか楽しみだ。実を言うと、藤堂先生は女子生徒へのセクハラで前の学校をクビになったのに懲りずに今度は美星を狙っているという噂を流してあるんですよ。ライバルへのただの嫌がらせのつもりでしたが丁度いい。心配されていたとおりの事件を藤堂先生が起こしてしまった、と誰もが考えるでしょうね。先生は終わりだ。じゃあ、後で」
それだけ言うと、下田先生は去っていった。
あたしは藤堂先生を助け起こした。ケガはしていないようだ。
「ありがとう。先生が来てくれなかったらあいつに強姦されてた」
「だが、閉じ込められちまった」
藤堂先生は何度か戸を開けようと試みたあと、腹立ちまぎれに思いっきり足で蹴った。
「下田先生の言うとおりだ。この状況を見られたら、どんな言い訳も聞いてもらえない。ふたりともスマホを取られたから助けを呼ぶこともできない。できたとしても、俺が美星を襲っていたようにしか見えないしな。これが体育倉庫とかなら隠れる場所もあっただろうが。だが、ともかく美星が無事でよかった」
先生はやさしく微笑んであたしの頭をなでた。それから下半身を隠すようにと上着を脱いで差し出してくれた。
「あいつはまだあたしのことを諦めてない。何とかしないとまた襲われる。先生、力を貸してください。いっしょにあいつと戦ってください」
「ああ。お前のことは何としても守る。たぶん俺は週明けにもクビになるだろうが。たとえ美星の先生じゃなくなっても、あんなヤツにお前をヤらせたりしない。刺し違えることになってもな」
そう言って拳を作ってみせる先生を、あたしはギュッと抱きしめた。
「もお、先生はケンカが弱いじゃん。あいつは学生時代に空手をやってたんだ。中年の現文教師じゃかなわないよ」
「しかし正攻法じゃ……。レイプ犯にされたら俺の言葉なんて聞いてもらえない。それとも美星をレイプしようって言っていたあの動画を使って告発しようというのか?」
「あんな動画だけじゃあいつを潰せない。それに、誰が正攻法でって言った? あなたのこともクビになんてさせない。これからもあたしの先生でいてくれなきゃ。さて、そろそろ下田先生が職員室に戻った頃だね。こんなところ、早く出よう」
「いや、だから俺たちは閉じ込められて――」
あたしはブレザーの隠しポケットからスマホを取り出して、ウインクしてみせた。普段使いのスマホとは別に援交用のスマホを持っているのだよ。
「大丈夫。信用できる子を助けに呼ぶから」
そして美菜子ちゃんに電話をかけた。
美菜子ちゃんはすぐに来てくれた。倉庫の戸を開けたとたん、あたしと藤堂先生の顔を交互に見て、訳知り顔でニマッとした。
「沙希ちゃん……、先生と学校でなんて。さすがです」
藤堂先生の想像とは違った意味で誤解してる。まあ説明はあとだ。倉庫の前に捨てられていたスカートを身に着け、スマホを拾い上げた。先生のスマホは持ち去られていた。
メールが着信していた。『中学のときのレイプ事件をバラされたくなかったらひとりで屋上に来い』という内容だった。下田先生があとで藤堂先生が行方不明だと騒いで、職員室に置きっぱなしのスマホを見つけ、このメールを発見する、という筋書きだろう。
「すぐに学校当局に報告しないと」
「それはダメ。このことで騒がれたくない。レイプされた子なんて噂になるのは嫌だもん。先生は職員室に戻って普段どおりにしてて」
「しかし、美星――」
「もちろん、このままでは済まさない。あいつは潰す。先生も手伝ってくれるよね?」
藤堂先生が去ったあと、あたしは美菜子ちゃんが持ってきてくれたソーイングセットでブラウスのボタンを付け直した。美菜子ちゃんには本当の事情は伏せておいた。ただ「藤堂先生はとてもいい先生だと思う」とだけ言っておいた。
実際、すごくいい先生だ。始業式の日にちゃんと話をすればよかった。
最初から話をしていれば、あれこれ悩んだり不安になったりしなくて済んだのに。
藤堂先生はあたしとの出会いをやり直したいと望んでくれた。そのために危険を冒して教え子に援交を持ちかけ、大金を払ってくれた。うまくできないかもしれないと分かっていて踏み出してくれた。
だから、あたしはあたしにできることで応えたい。
日曜日――。
繁華街にあるファッションビル。そのエントランス脇の外階段にマコちゃんはいた。ツイスト巻きのハニーブロンドにギャルメイク、かなり着崩した感じの制服風コーデで、現役女子高生に見えなくもない。大丈夫かとも思ったけど、免許を取ったばかりだというから、ラブホで年確されてもパスできるだろう。この子だってド素人ってわけじゃないし。
あたしは近寄って声をかけた。
[援交ダイアリー]
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