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壮一郎の気持ち
翌日、朝の補習授業がおわるとすぐに増田が俺のところにやってきた。
にやにやした顔で、何を言いたいのかまるわかりだ。
「おい、柚木。聞いたぞ。きのう、愛良ちゃんとデートだったんだってな。けっきょく、高槻さんを捨てて愛良ちゃんと付き合うことにしたのか」
「人聞きの悪いことを言うな。高槻とは付き合ってないと言っているだろうが。あと、愛良ちゃんと呼ぶのはやめろ」
「つまり、愛良ちゃんとは付き合ってるってことだろ?」
「愛良は妹だ」
俺がそう言うと、増田は一瞬だけびっくりした顔をしたあと、がっかりしたような仕草でおおげさにため息をついた。
「おいおい、柚木。一晩考えた言い訳がそれかよ。妹だって? そんなデタラメいまさら信じるわけないだろ。ほんとに妹ならきのうのうちにそう言ってるはずじゃねえか。あんな美少女の一年生と付き合ってるのに、妹とか言ったらあの子がかわいそうだぜ」
こ、こいつ……、なぜ信じようとしない!?
「いや、あのな……」
俺が言いかけると、その言葉をさえぎるように、女子生徒の手が俺の机をバンッと叩いた。見上げると、戸川が俺をにらみつけていた。呪いの人形に五寸釘を打ち付けているかのような形相だ。
「ゆぅ~ずぅ~きぃ~、あんた、きのうの一年生を部屋につれこんだって本当なの!?」
俺はげんなりして、言い訳する気にもならなかった。
尾ひれがつくのが噂とはいえ、どうしてそんな話になってんだ?
そもそも同じ家に住んでるんだっちゅーに。
ああ、そうとも。きのうの夜は愛良が俺の部屋でゲームをやっていて、なかなか自分の部屋に戻ろうとしなかったからな。
「つれこんだわけじゃねえ。愛良が勝手に俺の部屋に転がり込んできただけさ」
「このケダモノ!」
「ばか、やめろ。痛てッ、いまのは冗談だ。お前も一応女子なんだから乱暴はやめんか」
「女子で悪かったな、この変質者!」
あいかわらず、戸川が何に腹を立てているのか、さっぱりわからん。
そのとき増田が声をかけた。
「おい、柚木。お客さんが来たぞ」
増田が指さす方を見ると、教室のうしろの出入口のところに愛良がいた。
俺と目が合うやいなや、愛良は白いハンカチ包みを頭上に高々とかかげて、
「おーい、壮一郎! お弁当つくってきたよ!」
と大声で言った。
おいおい、最悪のタイミングじゃねえか。
「ちょっと、『壮一郎』だって? 柚木、あんたいきなり親密になってるじゃないの! まさか、あんたもうあの子と――」
「戸川ッ、お前いいかげんにそっちの発想から離れろ」
一方、増田はニヤけた顔で、
「奥さん、きょうも手作り弁当を届けてくれたのか」
「あれは妹だと言っとろうが」
俺はうんざりしたふうを装って立ち上がった。内心は愛良との仲をはやしたてられることがうれしかったのだが。
ふと、教卓のあたりに立って友達と談笑していた高槻と目が合った。高槻は目立たないように俺に微笑んだ。あいつは愛良が俺の妹だと知っているんだろうか。
俺は照れ隠しに鼻から大きく息を吐き出すと――あわてているようにクラスの連中に思われるのは嫌だったので、あえてゆっくり歩いて――、愛良のところへ行った。増田と戸川だけじゃない。そこにいた全員の視線が俺に突き刺さっていた。
「愛良、目立ちすぎだ」
俺がたしなめると、愛良は「てへへ」と舌を出した。
「きょうのはいつもどおりのお弁当だから心配いらないよ。それともきのうみたいなお弁当がよかった? ああいうのがよかったら毎日でも作ってあげるけど」
「いや、普通のでいい」
ぶっきらぼうな返事をすると、愛良は笑顔になって、
「じゃあね」
と手を振りながら、小走りに去っていった。
あいかわらずクラス中の視線を感じる。
恥ずかしいのだが、悪い気持ちはしない。
これが本当に恋人同士だったらよかったのだがな。
俺は実の妹である愛良に恋をしているのだ。
自分の本当の気持ちに気付いてしまった。
もうただのシスコンではすまない。
異常なのはわかっている。告白することはできないし、してはならない。誰にも相談できないし、知られてはいけない。愛良は俺の気持ちなんて知らないし、これからも気付かれてはならない。
苦しい毎日が始まるのかもしれないが、なんだか晴れ晴れとした気持ちだ。
ひとつだけ言えるのは――。
愛良の笑顔のためなら、俺はどんなことだって耐えられるってことだ。
俺は愛良のよろこぶ顔が見たい。
まあ、なんとかなるだろうさ。
おわり
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