第15話 ロンリーガールによろしく (12)

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 清川の顔めがけてスプレーを噴射。

 イケメンの強姦魔が悲鳴をあげた。両目を押さえて、咳き込みながらその場にうずくまった。すかさずドアを開けて外に飛び出す。新庄が「鳴海を捕まえろ」と叫ぶのが聞こえた。その声はすぐに雨の音でかき消された。

 道路まで出ると、雨の音は川の濁流の音でかき消された。舗装されていない道路は水浸しで、あちこちで川岸が濁流に削られている。川は先程よりもさらに増水していた。雨自体はここに連れてこられたときよりも弱まっていたけど、その分、川の流れが激しくなっている。上流の方で大量の雨が降ったのだろう。水面には水平な面はどこにもなく、冬の日本海の荒れた海のように沸き立っていた。水の中で猛獣の群れが暴れまわってるみたいに、泥水が渦巻き、上下し、砕け散っている。

 立ち止まって廃屋の方を振り返った。新庄の車に目をやる。

 あたしはショウマに護身術の手ほどきを受けたことがある。こんどは車の運転も教えてもらおう。次に拉致されたとき脱出の役に立つかもしれないから。

 ショウマは言っていた。襲われたときに身を守るもっとも基本的なテクニックは全速力で逃げることだ、と。付け焼き刃のワザで格闘戦を挑もうとするな。女子高生がどんなに頑張っても男の力にはかなわない。だから、まず逃げろ、と。

 急に懐かしさを覚えて微笑んだ。

 山の中の一本道。片側は山で、反対側は濁流。追っ手は車を持ってる。おまけにあたしは走るのがあまり速くない。逃げたところで五分ももたないだろう。

 廃屋を脱出してからまだ数秒しか経っていないのに、もう何分も経っているような気がした。時間の流れが遅くなったように感じられていた。世界の動きがゆっくりに見えた。空から落ちる雨粒の形さえはっきり見えた。

 あたしに何ができただろう。

 中学校で集団強姦されたとき、あたしは警察に訴えるべきだったんだろうか。大人は誰一人助けてくれなかったのに。

 教師に被害を訴えていたらどうなっていただろうか。あの学年主任は言っていた。「うちの学校で生徒による不祥事なんてあってはならない」と。大変な事件が起きてしまったと右往左往する教師も中にはいたかもしれない。でも、けっきょくは揉み消されたに決まってる。PTAだってそうだ。性犯罪の被害者だとは思われない。売春をしている性非行の問題児と決めつけるだろう。よそ者の味方なんてするわけがない。それどころか、教師があたしを強姦しようとしたことを考えれば、PTAの中から同じことをしようとする連中が出てきてもおかしくない。

 直接警察に駆け込んだとしたらどうだったか。警察が取り合ってくれるわけがない。学校に照会されて、教師が否定し、それで終わりだ。証拠のビデオを探すための家宅捜索なんて行われない。ビデオが見つかったとしても、あたしが売春をしていたことにされる。風俗嬢の娘だからで片付けられて、悪くすれば施設送りだ。

 弁護士? あいつらは犯罪者の味方だ。加害者は中学三年生なんだ。罪が認められたとしても初等少年院で何ヶ月か過ごすだけ。誰も奴らに罰を与えようとはしない。そもそも日本には強姦魔を適切に処罰する法律はない。まして加害者が少年ならなおさらだ。凶悪犯罪を犯した少年が更生することなんてありえないのに。

 新庄にとってあたしは初めての女だ。

 あいつが強姦の味を覚えたきっかけになった女だ。

 あたしはあいつらが憎い。憎くてたまらない。

 許すことなど絶対にできない。

 けれど、そんなものはあたし個人のちっぽけな感傷でしかない。

 ひょっとしたら、中学生のあたしにも何かできることがあったのかもしれない。それはわからない。いまさら考えても仕方がないことだ。運命の歯車があたしをここに連れてきた。これがあたしの運命ならば、あたしは自分の為すべきことを為す。

 廃屋のドアが開いて、新庄たちが出てきた。あたりを見回して、すぐにあたしを見つけた。「おい、あそこにいるぞ。捕まえろ」という怒号が聞こえる。

 あたしは新庄の車に駆け寄って運転席のドアを開けようとした。ドアはロックされていなかったので、あたしはドアをうっかり開けてしまわないよう注意しながらドアハンドルをガチャガチャやった。うまく開けられなくて焦っている様子を印象付ける。

 新庄たち五人はそんなあたしを見て余裕だと思ったはずだ。すぐには捕まえにこない。

「キーはこっちだ。戻って来い、鳴海。逃げられはしないぞ」

 と、ニヤニヤ笑いながら新庄が手に持った車のキーを振り回して見せた。

 あたしは恐怖にかられた表情を見せると、踵を返して、一目散に川下の方へ駆け出した。

「いやーッ、助けてー! 誰か助けてーッ!!」

 大声で叫ぶ。振り向いて確認すると、男たちがワンボックスカーに乗り込むのが見えた。

 雨はピークを過ぎたのか急速に弱まっている。でこぼこの道路は轍の跡に水がたまり、あちこちに石がころがっている。車でも走りにくくてスピードを出せないはずだけど、ワンボックスカーはぐんぐん近づいてくる。ハンドルを握っているのは新庄だった。

 三十メートルほど走ったところで追いつかれた。

 すべて作戦どおりだ。

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