第12話 エンジェルフォール (10)

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 とはいうものの、一条さん以外の男性と援交するのは初めてで、不安いっぱいの美菜子ちゃん。突き放す気にもなれない。待ち合わせ場所の近くまで付き添うくらいなら――、というわけで翌日の午後に美菜子ちゃんと出かけた。

 石畳と街路樹がヨーロッパ風味の通り。冬のイルミネーションが有名な観光スポットだ。オシャレなお店が軒を連ねている。祝日なので車両は通行止で路上にテーブルとイスが並べられていた。

 ここはビジネス街でもあって、あたしもこの辺りで働くビジネスマンのお客さんと会うことがある。かつてはカフェやブティックのかわりに大手銀行がひしめき合っていたらしい。その頃は爆弾テロ事件もあったそうだけど、いまはのんびり散策するのにぴったりの雰囲気だ。

「ライオンのところで待ち合わせだっけ?」

 通りの奥の方に目をやりながらあたしが尋ねると、美菜子ちゃんが黙ってうなずいた。

 デートの待ち合わせによく使われるビルの裏、ライオンをかたどったストリートアートのオブジェがある。その脇にあるベンチにひとりの男性が座っているのが見えた。

「あの人かな? 高坂さん」

 美菜子ちゃんは黙ってコクコクとうなずいた。

「大丈夫? ずいぶん緊張してるみたいだけど。ひとりで一条さんのところへ乗り込んでいったときに比べたら、ぜんぜん安心でしょ」

「でも、高坂さんが警察の人だったらって思うと……。そうでなくても援助交際を受け入れてくれるかどうか。沙希ちゃんから見て、あの人はどうですか?」

「こんなに遠くちゃ分からないよ。うまくいかないことはよくあるし、ヤバいと思っても焦らず冷静に対処すれば切り抜けられる。きょうはお話しするだけだし変なことにはならないでしょ。でも怖いなら無理しないほうがいい」

 美菜子ちゃんはあたしの腕にしがみついて、泣きそうな顔で首を左右に振った。

 しょうがないな。

「あたしが確かめてきてあげる」

 きょうの美菜子ちゃんはパンツスタイル。モデルをしてるだけあって女の子らしいラインも見せてるけど、芯の強さも感じさせるファッション。一方あたしは媚び媚びな感じの黒ワンピ。印象被りはないと思う。

 あたしはあたりを見回した。ちょうどあたしたちが隠れている看板に、ビルのテナントの一覧が載っていた。その中のひとつを適当に選ぶ。『エンジェルフォール』という店だ。援助交際する女の子にはお似合いの名前。

 高坂さんに見つからないよう、通りの隅をベンチの後ろまで歩いていった。それからスマホを取り出して、ベンチの前に出た。

「あのぉ、すみません。このあたりでエンジェルフォールっていうお店を探してるんですけれど、ご存じないですか?」

 高坂さんが顔をあげてあたしを見た。

 オフィスカジュアルのジャケットにスラックス。襟に弁護士バッジ。茶髪でひげをきれいに剃っている。肌に張りがあって年より若く見えた。高坂さんは道に迷った少女を興味深そうに見上げてる。

「エンジェルフォール……?」

「はい。地図を見ながら探してるんですけど、道が分からなくなってしまって」

 あたしはスマホの地図アプリを操作しながら、高坂さんのとなりに腰を下ろした。高坂さんがスマホを覗き込んできた。そして指で地図を指しながら、

「エンジェルフォールなら、もうすこし向こうの方ですよ。ほら、ぼくたちがいるのはここ。このビルがあそこに見えるビル。ここの角を曲がったところに入り口があります。だけど、そこは大人向けのバーだよ。きみは大人っぽく見せてるけど、まだ高校生じゃないのかい? 一年生?」

 うへぇ、ブティックだと思ったらバーだったかぁ。ここは笑ってごまかすしかない。

「あはは。あ、弁護士バッジ。これ本物ですか? おじさん、弁護士っぽくないけど」

 高坂さんは苦笑して、財布から弁護士の身分証を取り出してみせた。

「弁護士に見えないってよく言われるからわざわざバッジを付けてるんだけどね。これで信用してもらえるかな? 悪いけど、このあと人と会う約束をしてるんだ」

「あ、ごめんなさい。お仕事中だったんですね。お店の場所教えてくれてありがとう。もしあたしが何かの事件に巻き込まれたら代理人をお願いしますね」

 高坂さんに頭を下げて、その場を離れ、足早に美菜子ちゃんのところに戻った。

「高坂さんは本物の弁護士。名前も本名だった。やさしそうだし頭もいい。あたしがお相手したいくらいだよ。ただし、本当に真面目な交際をしたがってる可能性もなくはない。あたしが手助けするのはここまで。あとは美菜子ちゃん次第。がんばってね」

「うう……。わかった。ありがとう。じゃあ、行ってきます」

 美菜子ちゃんも覚悟を決めたようだ。

 一条さんのときとは違う。美菜子ちゃんが自分で相手を探して、自分で値段の交渉をする初めての援助交際。美菜子ちゃんは援助交際をする子になると決めたのだ。ここから先は身を守るのも美菜子ちゃん自身で責任を持たないといけない。

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