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もう高校生になったんだし、この夏休みのあいだに初エッチを経験しちゃうよ。
夏休みの補習授業に出るために教室に入った香川留美(かがわ・るみ)は、親友の千葉(ちば)さやかのそんなセリフを思い出して顔をしかめた。というのも、すでに登校していたさやかのだらしない姿が目に入ったせいだ。椅子に座って大股を広げ、ミニスカートの裾を両手で持って、暑そうにぱたぱたと扇いでいる。
「行儀悪いぞ、さやか」
たしなめながら留美はさやかの後ろの席についた。
「おはよ、留美。暑いんだからいいじゃん、別に。進学校だから夏休みに補習授業があるのはいいけどさ。でも、夏なんだからさっさと冷房入れてくんないかなぁ」
さやかがエアコンをうらめしそうに見て言った。授業が始まるまでエアコンのスイッチは入らないのだ。
「パンツが見えちゃうだろ。男子の目が気にならないのかよ。それにそんなはしたない格好してると男子が引くぞ」
留美は首筋の汗をハンカチでそっと拭いた。腰まで垂れたストレートの黒髪は自分でもお気に入りだったけれど、この季節には邪魔になることも多い。さやかのようにショートにしてみようかと考えることもある。でも、男子のあいだではロングヘアーの美少女というイメージで受け取られていることを思うと、切るのはもったいない気がした。
さやかは留美のほうに向き直った。半袖のブラウスごしに薄いブルーのブラジャーが透けて見えた。
「透けブラにも気を使わんのか。もしかしてワザとエロさを演出してるつもりか?」
留美はブラジャーが透けないようキャミソールを着ていた。さやかは意味ありげに唇をゆがめて、
「あたしは別にクラスの男子なんて気にしてないぜ」
「そんなんで夏休み中に初体験できるのかよ」
留美が皮肉を言うと、さやかが笑いだした。それから小声で、
「あたし、彼氏いるもん。言ってなかったっけ?」
「ちょっと待て。初耳だぞ」
留美が身をのりだして、責めるような口調で言った。
美人の優等生で男女問わず人気のある留美だったが、彼氏はいない。いずれ運命の人と出会って、自然とそういう関係になっていくのだろうな、とは思っている。でも、焦って恋人を作ろうとは考えていなかった。
「大学二年生、二週間前から付き合ってます」
さやかが得意げにVサインを作ると、留美は自分も悠長に構えていてはいけないのではないかという気持ちをかすかに覚えた。
「大学生って、お前、どうやって知り合ったんだよ。まさか、出会い系……」
「違うって。近所に住んでる、子供の頃から知ってるお兄さんだよ。『さやかちゃん、高校生になったんだ。あんなに小さかったのに、いつの間にかこんなに美人になって。制服姿、似合ってるね。見違えたよ』。なんつって……、みゃはは」
「ロリコンじゃないのか、その男は」
「失敬だな、君は。大人っぽくて包容力のある優しい人だよ。そんなステキな彼との初エッチまでのカウントダウンが始まってるんだ。だから、あたしはクラスの男子なんかにどう思われてもいいのさ」
うっとりした表情で言うさやかに、留美は神妙な面持ちで、
「将来、その人と結婚するつもりなのか?」
「はあ?」
「いや、だって、その、その人と……、するんだろ、……セックス」
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[夏をわたる風]
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