第13話 ハッピーバースデー (02)
「わたくしもお嬢さまのように生きたい、と申したのです」
そんなふうに言われたのは初めてだ。
もなかさんは腰をかがめて視線の高さを合わせた。
「お嬢さまがわたくしのおっぱいを飲みたいとか、キスしたいとか言い出さなかったら、わたくしはまだ迷路の中にいたでしょう。お嬢さまにはとても感謝しているのですよ」
他意はないんだろうけど恥ずかしい。
もなかさんはわたしにキスすると、
「ありがとう」
と言った。
わたしは照れながら、
「あずきさんとはどうするつもりなんですか?」
「結婚しようと思っています。もちろん婚姻届を出すことはできませんが、結婚式はあげたいですね。ふたりでウエディングドレスを着ようと話してるんですよ」
「まあ、すてきだわ。おふたりなら、きっととてもきれいな花嫁さんでしょうね」
「あずきと家庭を作りたいのです。子供がほしいと言いましたよね。栄寿さまと性的な関係を持ったどさくさにまぎれて――、と思いましたけれど、やはりちゃんとお願いするべきでしょうね。栄寿さまは承諾してくださるでしょうか」
うーん。
「正直、よくわかりません。ママだったらきっと『かまわず作っちゃいなさい』って言うでしょうけど。わたしのママは栄寿さんとセックスしてわたしを妊娠したんですけど、シングルマザーでしたから、まあ、それと同じことがもう一回起きるだけですよ」
問題は栄寿さんより夏目家の方だろうと思う。わたしのときも結構もめたらしいし。もなかさんには何の後ろ盾もないんだから、問題にされるに決まってる。
「もなかさんと栄寿さんのあいだに子供ができたら、わたしの弟か妹になるんですね。その子に会ってみたいわ。それに『案ずるより産むが易し』って言うじゃないですか。この場合は文字どおりの意味ですね」
朝食のあとで誕生日パーティーの準備をはじめた。あずきさんが料理を作り、わたしはもなかさんと一緒にバースデーケーキにとりかかった。料理の経験がまったくない栄寿さんは、することがないので居間のそうじをしている。
ケーキはスクエアタイプで、もなかさんが焼き上げたスポンジに、ふたりで飾り付けをした。イチゴと生クリームを何層にもはさんで、上部とサイドにもたっぷりと生クリームを塗りつける。イチゴと生クリームでデコレーションしたら、最後にチョコレートで文字入れ。
自分の手で『りこちゃん おたんじょうび おめでとう』と書きこむ。苦労して書き終わると、おもわず「ありがとー!」と自分に言ってしまった。
ちょうどそのとき、玄関の呼び鈴が鳴った。
ママたちが来たのかなと思って、わたしが玄関に出た。
やってきたのは夏目おじさんだった。栄寿さんより大柄でスポーツマンらしい体格。日焼けした顔にメガネをかけている。弁護士をしているせいか、まじめで引き締まった顔つきだ。
夏目おじさんは、ダークスーツに不釣合いなファンシーな柄のラッピングされた袋をかかえていた。
「まあ、おじさん。わたしの誕生日パーティーに来てくれたの?」
「うむ、このあとも仕事なんで長居はできないんだが、莉子の中学卒業のお祝いもしてなかったからな。ちょっと見ないあいだに大きくなったな」
「当然よ。もう高校生になるんだよ」
夏目おじさんは不安そうにラッピング袋に目をやった。たぶん、十五歳の女の子の誕生日プレゼントには似合わないような子供向けのものが入ってるんだろう。
「居間へどうぞ、おじさん。ちょうどお料理の準備ができたところよ。ママたちもじきに来ると思うわ」
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