第16話 世はなべて事もなし (15)

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 じっとあたしを見つめていたショウマがふたたびスマホを差し出した。

 そのスマホを受け取った。

「口で言うほど簡単なことじゃない。初めてなら特にそうだ」

 ショウマはそう言ってコルベットをスタートさせた。ワンボックスカーはすでに走り去っていたけれど、GPSで追跡できる。このあたりは住宅街で道も狭いし人通りもけっこう多い。もうちょっとふさわしい場所に行くまでガマンだ。

「起爆スイッチの番号は『A』で登録してある」

 運転しながらショウマが言った。

 電話帳には『A』の番号だけが設定されていた。この番号に電話をかけさえすれば、あのワンボックスカーが爆発して、連中は死ぬ。

「プラスチック爆薬? C4っていうやつ?」

「素人でも作れるタイプの簡単な爆弾だ。ガソリンタンクを吹き飛ばして派手に炎上するだろう。警察が調べればとあるベトナム人が犯人として浮上することになっている。そのベトナム人から連中の裏稼業にすぐにたどりつくはずだ」

「ベトナム人? それっていま車を運転してる男のこと? 死んじゃったらマズイんじゃない?」

「あの男じゃない。あいつは知らない顔だな。もしかすると無実の一市民かもしれんぞ」

 ショウマが試すように言うので、あたしは笑った。

「そうかもしれないけど、もしそうなら運の悪いヤツだね」

 どこの誰かは知らないけれど、連中の悪行を知らないわけがない。同じ車に乗ったのが運の尽きだ。

 コルベットは旧日光街道に出た。ワンボックスカーは二〇〇メートルほど前方を走っている。車はまばらで道路はすいていた。

「そろそろいい頃合いだ。ここなら巻き添えになる人もいないでしょう。ショウマ、次の信号で曲がって。ほかの車のドライブレコーダーに写りたくない」

 爆発の様子は多くのカメラに写るはずだし、ニュースで繰り返し流れるだろう。写りたくないのはショウマも同じだ。

 あたしは『A』の電話番号を表示させ、タイミングを測った。

「ねえ、ショウマ。あたし、初めてじゃないんだ」

 電話をかける。

 発信音。

 一拍おいて、「ドンッ」という音が響いた。

 思わず後ろを振り返ったけれど、ショウマがあたしの指示通りに交差点を曲がっていたので爆発は見えない。

 数秒後、また爆発音がした。

 世界のレールが切り替わった音だ。でも、コルベットの助手席から見える街の様子には何も変化はない。

 体が熱い。心臓がきしむほど激しく打っていた。

 あたしは息を止めていたことに気づいた。息を吐き出して体の力を抜こうとした。スマホを握りしめた右手が震えていた。緊張していたのか、おびえていたのか。あたしはわざとショウマに笑ってみせようとしたけど、ほっぺたが引きつってうまく笑えない。

 あいつらはどうなっただろう。ここからじゃ爆発の現場は見えないけど、気になる。

 そんなあたしの気持ちを察してくれたのか、ショウマは黙って運転を続け、一区画をまわって明治通りに抜けた。

 窓から顔を出して後ろを見ると、ちょうど交差点の真ん中にオレンジ色の炎に包まれて、真っ黒な煙を巻き上げている車の残骸が目に入った。

 あれなら誰も助からないはず。もしも脱出できたとしても、全身やけどで死ぬより苦しい目にあうだろう。成功だ。

「人を殺した気分はどうだ?」

 ショウマが低い声で訊いた。

「初めてじゃないって言ったでしょ。とはいえ、二回目は楽だって映画のセリフでよくあるけど……、そうでもないかな」

 あたしはシートに深くもたれて深呼吸した。目を閉じて自分の気持ちを観察してみる。後悔も恐怖もなかった。ひどく興奮はしている。これは高揚感か。ひと仕事終えたという満足感だろうか。あいつらは死んで、あたしは生きている。

「あたしのこと、軽蔑してるの?」

「そうじゃない。俺はお前の体を花を育てるように育ててきた。あまりに予想外すぎる育ち方をしているのが気に入らないだけだ」

「うっわ、きもーい。たしかにあたしはショウマのセックスドール。だけどひとりの生きた女の子だよ。女の子は思い通りにはならないものだよ」

「いずれにせよ、卒業後にお前を弟子にすることはない」

「それは残念。でも、いいよ。あたしには務まらないだろうし。あたしの力を活かす場所はたぶんほかにある。警察には無理でもアウトローだからできることもあるじゃん」

 どこまで行けるかわからないけどね。

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