「い、いえ、そんなんじゃないです。急に娘にならないかなんて言うから。それにあたしはその……、汚れてますから……」
「沙希ちゃん、あなたは汚れてなんかない。自分のことをそんなふうに考えてはダメ」
「でも、あたしはおおぜいの男にレイプされてます。何度も何度もレイプされてます。それに最初の相手はお父さんでした。そんな子がお嫁さんになれるわけないです。叔母さんだって、拓ちゃんの結婚相手がそんな子だったらイヤでしょ」
「沙希ちゃん。もしあなたが拓也と恋仲になって、あなたたちが結婚したいと思うなら、わたしたちは応援してあげますよ」
あたしはうつむいた。あたしのすべてを知った上でそれでも結婚したいと思う男の人なんているわけがない。叔母さんだって、あたしが援助交際をしてることを知ったら、いまの言葉を撤回するはずだ。
それに、あしたになったら叔母さんたちにもすべてを知られてしまうかもしれない。
「心配いりませんよ。拓ちゃんにはもっとふさわしい女の子がいます。あれで学校じゃ、けっこう女子にモテるんですよ。拓ちゃんにだって選ぶ権利はありますし」
と、冗談めかして作り笑いを浮かべたけど、すぐ思い直して、
「叔父さん、叔母さん。お話はすごくうれしいです。でも、いま返事はできません。どっちにしても、あたしひとりで決められることじゃないですし」
「もちろんよ、沙希ちゃん。返事はいつでもいいのよ」
「沙希、あの女のことなら心配いらない。お前さえいいなら、わたしたちが話をするよ。どうせ厄介払いができるくらいにしか――」
「お父さんっ」
叔母さんが叔父さんを肘でこづいた。叔父さんの言う「あの女」とはお母さんのことだ。叔父さんはちいさく咳払いをすると、
「沙希。わたしたちはお前にしあわせになってほしい。心底そう思っている。そして、沙希がしあわせになれるよう、わたしたちにできるどんな助力も惜しまないつもりだ。たとえお前の過去にどんなことがあったとしても。沙希は何も悪くない。兄貴やあの女のような身勝手な大人のせいで、お前が不幸になることなんてないんだ。ただの同情や贖罪の気持ちでお前を引き取りたいと言っているわけじゃあない。わたしたち家族は、みんな沙希のことが大好きなんだよ」
叔父さんの言葉はうれしかった。でも、援助交際のことを打ち明けないまま、この申し出を受けることはできない。そんな卑怯なことはできない。そして、打ち明けるわけにはいかない。
でも、あしたになったら……。
援助交際をしてることが知れ渡って、高校も退学になって、それでも叔父さんたちがあたしを娘にしたいと言ってくれるなら……。
あたしの正体を知ったとき、みんながあたしをどう思うか。それを確かめられるなら、あの脅迫状にも意味があるような気がした。
運命があたしをどこかへ連れて行こうとしてるなら、逃れることはできない。
あたしは叔父さんたちに「おやすみ」を言うと、拓ちゃんがお風呂から出てくる前に、自分に割り当てられた部屋に行った。八畳の和室で、家具らしいものは何もない。お泊りにくるときはいつも使っているので、あたし専用の寝室になっていた。
ふとんの上に寝そべって、きょう起きたことを振り返った。あたしにはふたつの選択肢がある。
ひとつは、脅迫に屈して拓ちゃんと叔父さんたちに援助交際のことを打ち明ける道。この場合、拓ちゃんがあたしを嫌いにならなければ、犯人は援助交際のことを学校に伝える。それを防ぐには叔父さんたちの子供になるなんて当然断らなくちゃならない。あたしの世界はほとんどいまとは変わらないけど、大切なもの――この家の人たちと自分自身――を失い、絶望の中で売春婦としての短い人生を終える道だ。
もうひとつは、脅迫を無視して援助交際のことをバラされ、それでもようやく手に入れたわずかばかりの自尊心を胸に毅然として退学する道。ほとんどすべてを失うことになるけど、あたし自身を失わずに済む。誇りを持って援助交際をつづけ、いくつもの恋を経験していく道だ。拓ちゃんにも恵梨香先輩にも嫌われるだろうけど、もしかしたら叔父さんたちはわかってくれるかもしれない。その場合、この家の子になることになるだろう。それは、援助交際をやめて、家族の愛情に包まれた普通の子になるということだ。
「なんだ……。だったら、どうするべきか悩む必要なんてないじゃん」
ひとつだけ気がかりなのがあの写真だ。あたしは多重人格症らしい。それは確かめなくちゃいけない。そのためには脅迫者の協力が必要だ。具体的にどうすればいいのかわからないけど、何か手があるはずだ。
方針が決まると、力が湧いてくるのを感じた。
そのとき、隣の拓ちゃんの部屋のドアが音を立てた。拓ちゃんが部屋に入った音だ。
あたしは寝坊に気づいたときのように跳ね起きた。
拓ちゃんに会いたい。無性に拓ちゃんに会いたい。あたしの世界は地響きを立てて揺れている。どうなるにしても、いまのままではいられない。最後の時を拓ちゃんと一緒に過ごしたかった。
[援交ダイアリー]
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