月曜日はいつもどおりに登校した。
自分でも驚くほど、心が楽になっていた。たぶん、さんざん泣いたせいだろう。土曜日に夜中まで泣きつづけた由香は、日曜日の朝になると自分を見つめ直すだけの心の余裕ができていた。
いままで自分を取り巻いていたものをすべて失ったと思った。恋人も親友も、慕ってくれた後輩も、クラスでの地位もぜんぶだ。おそらく自分はいじめのターゲットにされる。奏と違って、自分には支えてくれる味方はいない。自分はひとりで立ち向かっていかなくてはならない。そしてそれが自分にはできると思った。
(あたしはあたしの生き方を通せるだけの強さを持っている)
そのことはもう、奏を助けたことで証明済だ。由香は自分に対する自信を取り戻していた。
(だから、これからは一匹狼として生きていこう)
そう覚悟を決めると、心が軽くなった。
ひとつだけ気にしているのは純のことだ。土曜日のことを純に謝りたい。お礼を言いたい。由香は純のためにクッキーを焼いて学校に持っていった。クッキーを焼くなんて初めてのことで形はいびつだったが、味は満足のいくものができた。
学校に着くと、まず倫子のところへ行った。そして武一と別れたことを告げた。
倫子は苦々しい表情で、
「由香、あんたそれでいいの?」
「いい。別れたことに納得しているし、もう武一のことは何とも思ってない。だいたい、ほかの女にうつつを抜かすような男のことをいつまでも気にしてたって、しょうがないでしょ」
「三木本のことはどうするんだよ」
「どうもしないよ。ていうか、三木本にちょっかい出すのもやめろよ。あいつに何かするなら、何度でも助けるからな」
「なんだよそれ。そういうのカッコいいと思ってんの?」
そんなふうに言われて思わず笑ってしまった。実際、自分の生き方を通すというのは美意識の問題だから、要するにそれがカッコいいと思っているということなのだ。
武一とのことを克服できたのかと言われれば心もとない気もする。それでも、前に進んでいかなくてはならない。
「誰にどう思われようと、あたしはあたしのやりたいようにするのさ」
と、由香は精一杯の笑顔を作って言った。
思ったとおり、クラスの女子は由香と距離を置いていた。水着で廊下を走りまわったり、授業をサボりまくるような生徒だ。係わるのが怖いと思われても仕方がない。
授業は真面目に受けた。期末試験では絶対にいい成績を取るつもりだった。この数日間のことは教師たちにも問題視されていたから、鼻をあかしてやらなければ気がすまないと思ったのだ。
放課後になると美術室に行った。いつものことだが、誰もいなかった。
由香は買ったばかりの新しいスケッチブックを取り出した。
新しいページ。真っ白な紙。
きょうから新しい自分を始めるのだ。
由香はクッキーを入れた紙袋をバッグから出してスケッチブックの脇に置いた。メイプルとシナモンの香りがした。
(早く来ないかな)
純のことだから恋心がさめてしまったとしても、きっと何事もなかったようにやってきて、また天音先輩しか来てないんですかぁ、などと言ってくれるに違いない。
ほどなく、廊下を走ってくるスリッパの音が聞こえてきた。待ち構えていた由香の前に現れたのは、純ではなく奏だった。全力で駆けてきたらしく、肩で息をしている。由香の姿を認めるや、
「天音さん! 結城くんっていう一年生の子、美術部でしょ?」
一瞬誰のことかわからなかった。いつも『純』と呼んでいたからだ。
「その子が空手部に来て、武一くんと決闘するって言ってるの。部長も許していて、武一くんもその気になっちゃって……。とにかく、いっしょに来て。ふたりを止めて」
奏が言い終わらないうちに由香は美術室を飛び出していた。
[失恋パンチ]
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