夏をわたる風 (17)

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次の日、冴子先生が家庭訪問に来たとき、いっしょに山形と山形の父親がやってきた。山形は腕に包帯を巻いていた。留美の母親は娘がケガをさせたことを詫び、治療費は全額支払うからと頭を下げた。

山形の父親は屈託のない笑顔で、

「いやいや、とんでもない。うちの息子がお宅のお嬢さんに悪さをしたに違いないんですから。包帯を巻いて帰ってきたんで、部活でケガでもしたんだろうと思ったんですが、こちらの先生が訪ねてきてくださって。もう、びっくりですわ。こいつは悪いのは自分だとしか言わなくて。ほら、慎二、お前もお嬢さんにちゃんと謝れ」

山形は留美と目が合うと照れくさそうに視線をそらせた。留美は山形より先に謝るべきだと思って、あわててその場に正座すると深々と頭を下げた。

「ごめんなさい」

「いいんだ。俺のほうこそ、すまなかった。それにケガのことは心配いらないよ。ていうか、あのあと部活の先輩にしごかれたことのほうがキツかったさ。柔道部員のくせに女子に投げられて受身も取れないとは何事か、って」

山形が無理に笑顔を作って言うので、留美もかすかに微笑んだ。

山形は自分がどれほど酷いことを言ったのか、いまでも完全には理解していないのかもしれない。でも、たぶん男子というのはそういうものなのだろう。だから、許すとか許さないとかではない。これが折り合いをつけなきゃならない現実なのだ。

さやかとは毎晩、電話で話した。でも、照美から聞かされた話はさやかには言わなかった。照美が留美に話した内容が尋常でないことは、さやかは察してくれた。留美が詳しく話そうとしないので、さやかも無理に聞き出そうとはしなかった。

留美はメールで何人ものクラスメートから激励のメッセージを受け取った。優奈はずっと学校を休んでいるそうだけれど、学校の状況は留美が心配したほどには悪くないようだった。

「あんたがマジで怒ったからさ」

と、さやかが電話で言った。

「援交の件はデマだったってことで、ほとんど終息してるよ。美人の優等生で人気者の留美が、あたしの親友を侮辱するなッ、って柔道部員の男子を一本背負いで投げ飛ばしたあげく、停学一週間だろ。むしろ、留美の話題で持ちきりだぜ」

「どうせ、ろくな噂じゃないんだろ」

「逆、逆。あんたの人気はうなぎ上り。特に女子のあいだじゃ、抱かれたい相手ナンバーワン。あ、あと、佐賀と留美が付き合ってるって噂はかなり尾ひれついて広まってるけどな」

「なんでそうなる。ていうか、佐賀はどうしてるんだ?」

「どうもしてないよ。告白したとか告白されたとかってことを佐賀が否定してるし、優奈とは図書委員会で顔を合わせるだけの知り合いだって言ってる」

留美はため息をついた。やっぱり、告白はなかったことになってるんだな。

「元気出せよ、留美。一応、噂は下火になってるんだしな。元に戻ったのさ」

「元どおりなんかじゃないよっ。だって、優奈は……」

停学になって以来、優奈には連絡を取っていない。優奈からは一度だけ『ゴメン、留美ちゃん。ありがとうね』というメールが来たのだが、返信はできないでいた。事件のことを知って、どう接していいかわからなかったのだ。

「だって、優奈はまだ苦しんでる。噂が下火になったからって、優奈の身に起きたことがなかったことにできるわけじゃないんだ。心配なんだよ、優奈のことが。優奈の事件がみんなに知られたらと思うと……」

「それを心配してもしょうがないよ。ふたり以上の人間が知ってる秘密は守りきれないものだから、いつかは知られてしまうのかもわからん。でも、たとえそうなっても、優奈にはあたしたちがついてるだろ?」

さやかは頼もしい友人だ。だけど、優奈が何をされたのか知ったら、そんなに前向きに考えられるはずがない。

「優奈をひとりにはしない。あたりまえだ。だけど、わたしたちに何ができるんだよ。もう、どうにかなりそうだ」

ささやくような留美の声は震えていた。

噂が消えたとしても、まだ終わったわけじゃない。そもそも優奈が学校に来なくなってしまった原因は噂のせいではないのだ。優奈の心が救われなければ、何も解決しない。

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[夏をわたる風]

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