お兄ちゃんと恋のライバル (07)

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「ぐふぅ、は、早瀬くん、また腕を上げたな。ぼくは君からのチョコレートならいつでも受け取るぞ」

「いっぺん、死ね。この女の敵!」

優姫さんは男の人を足蹴にすると、優雅な仕草で振り返った。

「いらっしゃい、まりもちゃん。待ってたわよ。さあ、行こうか」

「こ、こんにちは、優姫さん」

あたしは気後れするのを感じた。男の人だとわかっていても、こうして見る優姫さんはとても美人で、なんというか美少女のオーラをまとっていた。

「優姫さん、きょうはよろしくお願いします」

「あっはっはっ、まかせときなさい!」

あたしは優姫さんに促されて、校舎のほうへ歩いた。さっきの男の人がどうなったのか気になって振り返ってみたが、まだ校門のところで寝そべっているようだった。

「あいつのことなら気にしなくていいわよ」

優姫さんがニコニコして言った。

「剣道部のホープなんだけど、見てのとおりの変態だから、あーゆーのに近づいちゃダメだぞ」

剣道部だったのか。じゃあ、あの大きなリュックは、もしかして足腰を鍛えるためとか、そういうことか?

あたしはさっき優姫さんが、女の敵と言いながらあの人を蹴飛ばしていたのを思い出した。たぶん、女の子なら誰にでも見境なく声をかけるような、いろいろと問題のある人なんだろう。ただ、優姫さんのことも女の子として扱っている様子だったのが気にかかった。いくら美人でも男の人だよ? 多少幼くてもあたしの方が女の子として魅力的なはずじゃない?

とはいえ、中学と違って高校というのはなかなか自由な場所のようだ。

あたしは来賓用のスリッパを借りて、校舎の中に入った。さすがに緊張する。あたしは自分の学校の制服を着てきていた。上下とも紺のブレザーだから、セーラー服が制服の学校のなかではかなり浮いてしまう。遠目にはそれほど目立たないだろうけど。

お兄ちゃんに出会ってしまったらどうしよう、と心配になったけど、お兄ちゃんは帰宅部だから、この時間にはもう校内にはいないはずだ。

さいわい家庭科室までは誰にも見咎められることなくたどりつくことができた。中に入ると、チョコレートのにおいがした。すでに十人ほどの女子高生がエプロン姿で思い思いにチョコ作りに取り掛かっていた。

「みんなー、わたしの妹を紹介するよー。西村まりもちゃんでーす!」

優姫さんが大きな声で言うと、皆の目がいっせいにあたしのほうを向いた。

「こんにちは。西村です。あの、今日はおじゃまさせていただきます」

あたしがあいさつすると、すぐに広い家庭科室の中は女子高生たちの嬌声で埋め尽くされた。

「この子が早瀬の言ってた西村くんの妹さん? かわいー。アニキとぜんぜん似てないじゃん」

「なになに、優姫の義理の妹になるの?」

「ならねーよ。優姫はあたしと結婚するんだよ」

「ねえねえ、いくつ? へー、中学二年? 小さな恋のメロディなんだ」

「えー! うちの生徒とかけおち!?」

そんな歓待を受けていると、ひとりの女生徒が近づいてきた。セーラー服の上に割烹着を着て、ウエーブした髪に三角巾をしている。お母さんという雰囲気だ。

「こんにちは、西村さん。わたしは料理部の部長の高梨です。優姫に無理やり連れてこられちゃったのね? ここの備品は自由に使っていいけど、包丁やコンロを使うから、ケガだけには気をつけてね」

「はい、ありがとうございます」

高梨さんはおっとりした感じの人だった。あたしに優しく微笑みかけたあと、すぐ真顔になって、あたしを見ながら少し考え込むような仕草をした。

「エプロンをすれば目立たなくなると思うけど、その服装だと他校の生徒だってすぐわかっちゃう。先生に見つかったらやっぱりマズイわよね」

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