第14話 童貞のススメ (07)

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 係員に竿で押し出され、あたしたちを乗せたボートは桟橋を離れて池を漂い始めた。

「俺、ボートに乗ったことないんだけど、うまく漕げるかな」

「何にだって初めてはあるし、誰だって最初からうまくはできないものだよ。そんなの気にしなくていいと思うな。この前、別の場所でボートに乗った人がね、乗ったあとでスマホで漕ぎ方の動画を検索しはじめたのね。もう、超カッコ悪い。失敗を恐れずに挑戦する男の人の方がぜんぜんカッコいいよ」

 この話は創作だ。やってみるかという顔になった朝岡さんは両手でオールを握り、上半身を前に倒すと、全身をつかってオールを引いた。ボートがグッと前に進んだ。何度か漕ぐとボートは勢いを増して池の真ん中の方へと進みだした。

「すごーい! 朝岡さん、ボート漕ぐの上手じゃないですか。ハハハ、すごい、すごい。気持ちいいー」

 朝岡さんは気を良くしてさらにボートを進めた。調子にのってうっかりスワンボートにニアミス。それで我に返ったらしく、それからはときどき振り返って進路を確認しながら、ほかのボートにも気を使うようになった。気持ちにゆとりが生まれてきたようだ。

「ずいぶん岸から離れたし、ちょっとのんびりしない? ずっと漕いでると朝岡さんも大変でしょ?」

 朝岡さんは肩で息をしながら笑った。体を動かしたことで気持ちよさそうだ。

 あたしはすこし脚を開いて、スカートの中が見えるようにした。朝岡さんは何も言わずにチラチラと盗み見てくる。あたしは気づかないフリをした。

「初めてなのにコツをつかむのがうまいなぁ。朝岡さんは何かスポーツをやってるんですか?」

「いや。高校のときは柔道やってたけど、いまはスマホゲームばかりだな。えっと……、あんた、よくこんなふうに、その……、デート? の仕事をしているのか?」

「もー、沙希って呼んでくださいよぉ。あたしも『貴志くん』って呼んじゃうぞ? あ、貴志くんってなんかいいカンジ。名前、カッコいい。貴志くんて呼んでいい? うふふ」

 朝岡さんは反応に困るというふうに目をぱちぱちさせた。

「お金をもらったからって誰とでもデートするわけじゃないですよ。実際にお話して、この人なら信用できるな、この人を楽しませてあげたいな、そう思える人とだけです。これでも人を見る目はあるんですよ」

 笑顔で言いながら脚を閉じ、ちょっと恥ずかしそうな仕草でスカートを押さえた。見られてたことに気づいたけど何も言わずにそっとガードした、というふうに思わせる。どうじゃ、清楚なエロさが出ているじゃろ。

 こうして会話とも言えないほどの会話を続けていると、だんだん朝岡さんへの接し方がわかってきた。この人は基本的に無口で会話が苦手。ゲームの話でもすればそれなりに話がはずむかもだけど、あたしはゲームやらないからなぁ。こういう人の場合は無理に会話を盛り上げようとするより、あまり話さなくても安心できる雰囲気を作ってあげる方がよさそうだ。女の子に対する警戒心もすこしやわらいできてるようだし、あたしが笑ったり驚いたりするのを見るたび表情をなごませてる。このまま距離を詰めすぎず、主にあたしがしゃべることで、ゆっくり落ち着いた感じの会話に徹しよう。それで朝岡さんが、あたしの表情や仕草が可愛いなと思ってくれればいい。この時間が楽しいなとすこしでも思ってくれたら、それがいちばんうれしい。

 この戦術が奏功して、ボートを降りたときにはずいぶんと打ち解けることができていた。

「ちょっとお腹すいたね。ねえ、貴志くん、おだんご食べようよ。味噌と醤油、どっちがいい? あたしは味噌味かなぁ。あ、ボートのお礼にあたしが払うよ」

「デート代は全額男が払うことになってたろ」

 朝岡さんは醤油味を選んだ。あたしはお礼を言っておごってもらった。

 その後は二人で公園の中を散策した。自分はモテないんだと自信喪失してるような男性でも、どこかしらいいところはあるものだ。朝岡さんのいいところも十個は見つけた。

 約束の二時間はそろそろ終わる。あたしは腕時計をしてなかったけど、朝岡さんはアナログ式の時計をしていた。それを盗み見て残り時間は常に把握できていた。でも、そんなそぶりは見せず、時のたつのを忘れているフリをした。

 楽しくて仕方がないという感じではしゃいでいるときに、スマホのアラームが鳴った。

「あ……、時間……終わっちゃった……」

 スマホを取り出して、心底残念そうな声でつぶやいた。上目遣いでモジモジしながら、

「貴志くん、あの……。もう行かなきゃ。えへへ、もっと一緒にいたいけど、きょうは延長できないので。その……、きょうは楽しかったです。ありがとうございました」

「あ、ああ。あの、俺も楽しかった……。また会えるかな。こんどはもっと長く」

 かかった!

 あたしはQRコードだけが印刷された名刺を取り出して、朝岡さんの手に握らせた。そのまま両手を朝岡さんの手に重ね合わせる。

「あたしのメアドです。これ、今月いっぱい有効なので……。じゃあ、またね」

 名残惜しくてたまらない感じを出してその場を離れた。朝岡さんも胸が締め付けられるような感じを味わったことだろう。それだけで三万円の価値があろうというものだ。

 さて、次は高梨さんだ。

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