やっぱり恵梨香先輩はすごい。あたしなんかいくらがんばっても先輩のようにはできない。きのうからの自分を思い返して自己嫌悪になった。
「あとはわたしにまかせて、沙希は保健室で休むといい。時田、写真をすべて回収してくれ。部室の中も調べて一枚残さずだ。わたしはもう一度、吉田先輩に会いにいく」
「恵梨香先輩、あたしはもう大丈夫です。それより、あたしも吉田さんに会いたいです。一緒に連れて行ってください」
先輩はすこし考え込んだあと、同意してくれた。
吉田さんは風紀委員の手で部室に軟禁状態になっていた。先輩の話によると、合成写真を作ったのは吉田さん以外の三人のコンピューター部員だそうだ。美少女ランキングに載せるために隠し撮りした写真の顔の部分を、フォトレタッチソフトを使って別の猥褻な写真に合成して遊んでいたらしい。その出来栄えに感心した元野球部の三年生から、あたしの写真を量産するよう頼まれ、そのせいであたしの写真が特にたくさんあったのだという。
例によってこの件に吉田さんは関わっていなかった。おとといの捕物のあと、印刷された写真の束を見つけて、あたしと恵梨香先輩に仕返しすることを思いついたらしい。
「たしかにぼくは生徒会長を脅迫した。そっちのヤリマン一年生のこともな」
と、吉田さんは激昂して言い放った。
「でもな、お前らはどうなんだ。特に美星さんは清純そうな顔をしているくせに、男と援助交際でヤリまくっているじゃないか。ぼくはお前らの罪を告発しただけだ。お前らにぼくを責める資格はない。そっちがその気なら、写真を公開して公の場でどちらが正しいか決めてもらおうじゃないか」
「あの写真はぜんぶ蔵前先輩たちがパソコンで作った合成写真ですよ。もしかして吉田先輩はあれが本物だと思っていたんですか?」
「合成写真だって? そんなバカな。そうやって隠蔽しようというのか」
「レイヤー付きの元データを生徒会で押さえています。蔵前先輩たちに証言してもらいましょうか? 彼らが何をやっているか、ぜんぜん知らなかったんですね。ランキングの件でもそうでしたけど、あなたは部内で仲間はずれにされているんじゃないんですか?」
吉田さんは本当に知らなかったらしい。目を剥いて、冷や汗をかきはじめた。
「そんな……、あいつらが……?。じゃあ、ぼくがしたことは……」
「吉田先輩がしたことは、女子生徒に対する脅迫です。立派な犯罪ですよ」
「ちょっと待て。あの写真が偽物だったとしても、お前らが処女だってことにはならないだろ? 三次元女なんてみんなビッチなんだ。美星さんだって援交してるに決まってる。どうなんだよ、お前。清純そうに見える女が実はヤリマンなんて常識だ。どうせおおぜいの男に犯されてヨガってるんだろうが。一発いくらでヤラせてるんだ――」
いきなり恵梨香先輩が吉田さんに平手打ちをくらわせた。吉田さんは「ぎゃっ」という悲鳴とともに吹っ飛んで、本棚にぶつかって倒れた。恵梨香先輩は仁王立ちになって吉田さんを見下ろした。
「哀れな人ですね。吉田先輩は退学処分になるでしょう。でもその前に、あなたがしたことについてこの女子生徒に謝罪してください」
吉田さんは床に這いつくばったまま、唇を噛んだ。握りしめたこぶしをプルプル震わせて涙を流した。トラウマをかかえて苦しんでるという点じゃ、あたしと同じだ。
ずっと逡巡していたあたしは、意を決して口を開いた。
「生徒会長、どうかこの人を罰しないであげてください」
恵梨香先輩と吉田さんがあたしを見た。
「吉田さんはちょっと誤解していただけです。あたしはイヤな思いをしましたけれど、実害があったわけではないですし。特進コースの三年生がこの時期に退学なんて、あまりに酷です。それに、あたしは今回の件がおおごとになってほしくありません」
「沙希……。わたしはともかく、きみはあんなに苦しめられたのに、謝りもしないこの男を許すというのか?」
あたしは身をかがめて吉田さんに手を差しのべた。
「吉田さん。あたしと援助交際をしてください」
「どういう意味だよ」
「せっかくの文化祭です。あたしと一緒にまわって、何かおいしいものをおごってください。そのあとで、あたしの言うことを何でもひとつだけ聞いてください。それであなたを許します」
あたしは恵梨香先輩に頭を下げた。先輩は、大事にしたくないというあたしの望みを受け入れてくれた。ヌードコラージュに関わったほかの生徒たちには、社会奉仕活動が課せられて、この件はおわりになるだろう。
あたしは吉田さんと連れ立って文化部の部室棟を出た。
きのうの朝以来の憂鬱な気持ちは晴れていた。一般教室棟に入ると、いままで感じていたより、ずっと喧騒にあふれていることに気づいた。各クラスや部活の出し物も華やかで活気に満ちていた。あたしはここでは場違いな存在かもしれない。でも、すくなくともあたしはあたしであり続けることができそうだ。
[援交ダイアリー]
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