男の娘になりたい (11)

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「甘いな」

 と、彩乃はカフェテリアの中を見渡しながら、

「男子もいろいろなタイプがいるからね。歩夢ちゃんみたいに心が女の子っていう子だけじゃない。たとえば、アヤトくんは性自認は男だけど女装して来ることもあれば男子として登校することもある。女らしく振る舞うことはないから、あれは女の子の服をファッションのひとつとして楽しんでるタイプだね。クロスドレッサーってやつ。彼女いるって噂もあるし、恋愛対象は女性だろうな」

 彩乃が視線を向けた先には菜月のクラスの男子であるアヤトくんがいた。女装男子のグループで食事をしている。

「となりにいる三組のレイくんは、最近女装にハマったタイプ。たぶん、女子の制服を着て性的興奮を感じてる。このままのめり込んでいくと性自認も性指向も揺らいでいくんじゃないかな」

「いままで普通だったのに、ホモになるってこと?」

「そういうこと。結婚しているのに下着女装で目覚めて、だんだんエスカレートして女装外出するようになり、ナンパされてホテルに行ってしまったのがきっかけで、そのまま男を求めるようになってしまった男性の話を、ネットで読んだことあるよ」

「うげげ。勘弁して」

「さっき話した二年生の先輩は、もともとゲイだったらしい。想っていた男子が女装登校したのを期に思い切って告白したら受け入れてもらえたんだってさ。ふたりとも性自認は男で、ひとりが女装も好きだったってわけ。性自認が男のゲイの場合でもトランスベスタイトって言うんだっけ?」

「いや、専門用語を持ち出されても知らんよ。まあ、ホモが悪いとは言わんけど。自分に関係ない人たちの話なら、ちょっと興味がわかないでもないし」

 それを聞いて彩乃はクスクス笑った。

「たぶん、そのうちに女装男子同士のレズビアンカップルが出てくるよ。性自認が女だけど性指向も女の男子ふたりが恋に落ちたら――」

「待った。頭こんがらがる」

 菜月が顔を赤くした。うっかり美形男子同士のレズセックスの図を頭に浮かべてしまったせいだ。

「そんなわけでさ、女装してる男子にも色々あって、服装も恋愛対象もフリーダムってことよ。で、この状況を引き起こしたのが歩夢ちゃんの女装登校なわけ。だから、歩夢ちゃん自身の恋愛がどんなものかって興味をそそられるのも無理はないでしょ」

「むー」

 と、彩乃をにらむ菜月。

「彩乃は興味本位でおもしろがってるんだろうけど、あたしは当事者――」

「当事者になってない。まだね」

 そのとおりだ、と菜月は思った。そう思うと自分の不甲斐なさに落ち込んでしまう。

 その様子に彩乃が微笑むと、

「どうするかは菜月が決めることだし、このまま胸に秘めて青春の甘酸っぱい思い出にするのも悪くはない。でも、恋は早い者勝ちだよ。玉砕覚悟で勇気を出した子だけが幸せになる権利を得るんだ」

 そう言ってウインクした。

 菜月だって本当は分かっている。自分から何も行動しないまま、ずっと待っていたところでどうにもならないことを。

 遠目に歩夢を見つめた。

(歩夢はあたしのこと、どう思ってるんだろう。恋愛対象になれる可能性がちょっとでもあるのかな。いっそ、あたしも心が男の女の子だったらよかったのに)

 ハードルがどんどん高くなっていくように感じられた。

 ランチを終えた菜月は彩乃と別れて自分の教室に戻った。

 大河や歩夢たちは先に戻ってきていた。男子は食事に時間をかけたりしない。

 その大河が何やら揉めている様子だった。女子と女装した男子たちに囲まれている。何か悪さをして問い詰められているのかと思ったけど、どうやらそうした険悪な雰囲気はない。しかし、大河は真顔で両手をあげて、何かを嫌がる様子で首を横に振っている。

「あ、菜月が来たよ。ちょっと、大河くんに言ってあげてよ」

 と、女子のひとりが菜月を見て言った。

 いきなり巻き込まれて訳の分からない菜月に、

「そうだよ、菜月と交換すればいいじゃん。みんな、菜月のも見たいよね」

 と、別の女子がさらに訳の分からないことを言った。輪をかけて訳の分からないことに、クラスの女子たちがいっせいに賛成の声をあげた。

「いったい何の騒ぎ?」

「まだスカートを穿いたことのない男子に女子の制服を着てもらおうとしてるんだよ。大河くんだけが嫌がってて埒が明かないからさ」

 事情を理解した菜月は大河に目を向けてニヤリとした。

「へえ、面白そうじゃん」

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