第12話 エンジェルフォール (04)

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 石田さんから離れると、はにかみながらグラスを手に取った。石田さんも自分のグラスを取って、そっとグラスを当てた。かすかなカチンという音が部屋に響いた。

 恐る恐るという感じで一口だけ飲む。石田さんが微笑んで、ぐっと飲み干すよううながした。あたしが戸惑いの表情を見せると、石田さんは見本を見せるようにシャンパンを一気に飲んでみせた。

 あたしは子猫がミルクをなめるようにちびちびと飲んだ。お酒を飲むことはよくあるので、別に飲むことに抵抗があるわけじゃない。石田さんの様子を観察しながら、なるべく時間をかけて――。

 そのとき、石田さんがふらつきだした。もうろうとする意識をはっきりさせようとするように、目をパチパチさせる。必死に頭を振る。やがて立っていられなくなったのか、ベッドに崩れた。

「沙希ちゃん……、いったい何を……」

「レイプドラッグを使ったのは石田さんの方ですよ」

 さっき抱きついたときにグラスを入れ替えたのだ。

 まさかとは思ったけど、やっぱり睡眠薬を入れられていたか。

 石田さんをベッドに横たえる。意識が混濁している様子。しばらく動けそうにない。

 部屋の隅にスポーツバッグが置かれていた。中身を調べると、手錠、バイブレーター、ピンクローター、ビデオカメラ、小型三脚、スクール水着。

 完全に計画的な犯行だ。

 ズボンのポケットから定期入れを取り出す。運転免許証と都庁職員のIDが入っていた。公務員というのは本当だったか。石田という名前は偽名だった。

 スマホも調べてみた。メッセージの履歴を確認する。やはり援デリをやっていた。援交の客や派遣する女の子とのやりとりが残っている。

 レイプ動画もあった。女子大生くらいだろうか。クスリで動けなくされた女の子がベッドの上で服をはだけられ、二人組の男に襲われている。上半身を押さえつけているのは石田さんだ。もうひとり別の男が女の子の脚を広げて挿入してる。

 とりあえず、あたしと連絡を取り合ったメッセージは削除しておく。

 さて、どうしてやろうか。

 そのとき突然、部屋のドアが開く音がした。

 とっさに石田さんに布団をかけ、壁の陰に隠れた。隠れたといってもビジネスホテルの狭い部屋だ。ドアのとこからは見えないというだけ。すぐに見つかってしまう。

 ホテルの清掃員が間違えて入ってきた、なんて甘いことは考えなかった。

 レイプ動画には石田さんのほかにもうひとり写っていた。仲間が来たのだ。

 ドアをロックする音。中に入ってきた。

 あたしはとうがらしスプレーとスタンガンを持っている。けれど、バッグはデスクの上に置いたまま。侵入者に見つからず取るのは無理だ。

 武器になるものはないかとあたりを見回す。ビニール製の鉢植えが壁際の棚に置かれていた。造花らしく、白いコーラルサンドが鉢に詰まっている。あたしはすばやくソックスを脱いで、鉢植えの砂を詰めた。

「どうだ、うまくいったか?」

 抜き足差し足で入ってきた男が、壁の陰から顔を出して尋ねた。

 その男の頭をめがけて、即席のブラックジャックを叩きつけた。ひるんだ男のスネを蹴る。間髪入れず、金的を思いっきり蹴り上げた。男は体を折り曲げてうめき声をあげた。膝の裏を蹴ってひざまずかせ、後頭部をつかんで壁に二度ほど額を叩きつける。

 床に倒れた男に、スタンガンをお見舞いした。男は悲鳴を上げて動けなくなった。そこを石田さんが持っていた手錠で両手両足を背中でつないだ。そこまでやってようやく緊張を解いた。

 財布を調べると、こっちの男も都庁職員だった。石田さんとは同じ部局だ。

 あたしは男の目の前にスタンガンをかざし、首に電撃をくらわせた。男はまた悲鳴をあげた。その顔の前でスタンガンの放電をちらつかせながら、

「闇デリをやってるんでしょ? あんたたちのボスは誰? どこの組織?」

 と問い詰めた。男はすっかりおびえた目になった。知らずにヤバイ女に手を出してしまったと思っているのだろう。

「し、知らない。俺たちは素人なんだ。見逃してくれ」

 もうすこし尋問してみたけど、裏にヤクザがいるふうではなかった。こいつらは睡眠薬で動けなくした女の子をレイプ動画で脅迫して、無理やり援交させているんだ。公務員の副業にしては悪質すぎる。警察に突き出してやろう。

「あとで怖いお兄さんに来てもらうからさぁ。ちゃんと落とし前つけるんだよ」

 石田さんが回復すれば手錠をはずしてもらえる。それまで恐怖に震えるといい。

 こいつらの悪行の証拠を警察と都庁の窓口にメールで送った。さっきもらった札束は石田さんの枕元に放り出す。お金をもらうと強盗扱いにされかねないから。

 あたしはホテルを出た。SNS用に中古で買ったスマホからプリペイドSIMを取り出し、それぞれ川に捨てた。

 なかなかうまく行かないものだね。

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