留美はさやかと顔を見合わせた。
「わたしたちは優奈の親友だよ」
「いじめの加害者はみんなそう言うのよ! わたし、見たわよ。あなたたち、佐賀くんのことが好きなのね。だから秋田さんに暴力を振るっていたんでしょ。秋田さんへのいじめを止めないなら、先生に言うわ」
(早く優奈を保健室に連れていきたいのに、なんなんだ、この変な女は)
留美はうんざりして、
「わたしたちは優奈をいじめてなんかない。一応付け加えておくと、佐賀のことは何とも思ってない。わたしたちは優奈のクラスメートで親友だ。事情はわからんが、優奈が急に倒れたんで、これから保健室に連れていくところだ。あんたは誤解しているんだ。信じてくれないとしても、いまそんなことで言い争ってる場合じゃないのはわかるよな? だから、優奈を保健室に運ぶのを手伝ってくれ」
言い含めるような口調で理路整然と説明されて、女子生徒はとりあえず落ち着いたようだ。優奈の顔を心配そうに覗き込んだ。
「秋田さん……」
すると、優奈が女子生徒から顔を背けた。
おしっこを漏らしてべそをかいているところを見られて恥ずかしいからではない。心底、この女子生徒と顔を合わせるのがイヤなのだ。留美はそう直感した。
さやかも同じことを思ったらしい。
「おい、あんたのほうこそ、優奈とどういう関係なんだよ」
女子生徒はさやかの質問に戸惑った様子を見せた。
「わ、わたしは……、秋田さんとは中学のとき同じクラスで……」
「おいおい、デタラメ言うなよ。実はあんたのほうがいじめっこなんじゃないのォ?」
「そんなんじゃ……」
優奈は高校入学の直前に県外から引越してきた。留美もさやかもそれは知っていた。中学の同級生だというこの女子生徒はウソを言っている。
でも、それは後回しだ。
「ふたりとも、いまは優奈を運ぶのが先だ」
留美とさやかと女子生徒は上履きのままだったが、優奈はローファーに履き替えていた。さやかが校舎の入り口で優奈の靴を脱がせると、
「優奈の上履き取ってくる。ついでに冴子先生も呼んでくる」
「ああ、頼む」
養護教諭の岡山冴子(おかやま・さえこ)は、まだ若いが頼りになる先生だ。留美やさやかも含めて女子生徒の多くは、よく保健室で雑談とも相談とも言える形で、冴子と過ごすことがあった。
さやかが行ってしまうと、留美はメガネの少女に顔を向けた。優奈とのいきさつはわからないけれど、いまは手を借りたい。
少女もそれを承知したのか、優奈の体を支えた。
「わたしは7組の香川留美。さっきのは同じクラスの千葉さやか。あんたは?」
「宮崎照美(みやざき・てるみ)。1組」
佐賀と同じクラスだな、と留美は思った。
もしかして、優奈はいじめられているのだろうか。そんな様子は微塵もなかった。でも、自分やさやかの知らないところで、優奈に何かあったのだ。それが何であるにせよ、親友として優奈を守らなければ。
留美は優奈を抱く手に力を込めた。
[夏をわたる風]
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