第15話 ロンリーガールによろしく (02)

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 このときの気持ちをどう表現したらいいだろう。両手を高く掲げてバンザイし、文字通り小躍りした。シャンパンの栓を抜いたときみたいに泡立つ喜びが溢れてくる。こんなに心から笑ったのはいつ以来だろう。

 手紙の続きに目を通した。新垣千鶴は全身マヒで入院しているという。ざまあみろだ。袖崎は死んだのか。新垣も死ねばよかったのに。新垣を励ますための相談会の日程が書かれていたけど、もう過ぎていた。そんなものに参加するわけもないけどな。

 事故のニュースなんて知らなかった。地方の交通事故なんか首都圏で報じられたとしても十秒くらいだろ。よくある若者の暴走事故でしかなかったようで、ネットで調べてみても、詳しいことは書いてなかった。袖崎が運転するバイクの後ろに新垣が乗っていて、スピードの出しすぎでカーブを曲がりきれず、停車していたトラックに突っ込んだという。袖崎はそのまま意識不明で病院に運ばれたが、橋田さんの手紙によると、そのまま死んだというわけだ。袖崎がそれほど苦しまなかったのは残念というほかない。

 新垣はあたしをいじめていたグループの主犯だった。その名前を口に出すことさえ忌避したくなるほどの、恨みと憎しみの対象。この女と出会わなければ、あたしの心がここまで壊れることもなかった。あたしが集団強姦されるきっかけを作ったのもこの女で、袖崎は強姦犯の一人だ。死んでよかったけど、もっとじわじわ苦しんで死んでほしかった。

 あたしは小学校の卒業式には出られなかった。

 五年生のとき、お父さんから虐待され、何度も売春をさせられた。「お前は俺の娘じゃない」と叩かれたのが一番こたえた。離婚してお父さんが出ていってしまうと、お母さんからの虐待が始まった。「お前のせいであの人がいなくなってしまった。お前さえいなければこんなことにはならなかったのに。お前なんか産まなければよかった」と、繰り返し言われた。挙げ句にお母さんは二人の男を雇ってあたしを強姦させた。朝になって壊れてしまったあたしを見つけると、お母さんはあたしを抱きかかえて泣いた。その涙が何だったのかいまでもわからない。それ以来、お母さんはあたしと関わろうとはしなくなった。ネグレクトになったんだ。あたしは部屋に引きこもって、学校にも行けなくなった。卒業証書も卒業文集もない。

 お父さんのこともお母さんのことも恨んではいない。悪いのはあたしなんだ。あたしが生まれたから、お父さんもお母さんもあんなに苦しんだんだ。不倫の子だから二人が不幸になった。あたしの素になった細胞が不倫相手の精子を受け入れたせいだ。お父さんの精子が来るまで待つべきだったんだ。それでお父さんの子供として生まれてきたなら、ぜんぶ丸く収まったのに。お父さんもお母さんもあたしを許してくれない。生まれてきた罰を受け続けるしかないんだ。

 こんなわけで、中学の入学式にも出られなかった。

 翠蓮さんのところに預けられることになったときは、お母さんに捨てられたんだと思った。環境を変えた方がいいからとお母さんは言ったのだけれど、ずっと引きこもっている娘が鬱陶しかったんだと思う。元から邪魔に思ってたんだから当然だ。

 抗議はしなかった。お母さんに捨てられることが悲しくて、ただ黙って涙を流しただけだった。

 あたしが引っ越した街は人口五万人くらいの地方都市だった。翠蓮さんは二階建てのちょっと古めの家に一人で住んでいた。空いている畳敷きの部屋を割り当てられ、余っている布団と机がわりにこたつを貸してくれた。翠蓮さんはほとんど外食かコンビニ弁当だったので、炊事はしていなかった。お母さんからお金をもらっているとかで、一ヶ月分の食費を前渡しでくれた。足りなくなっても補充はないから計画的に使えと注意されただけで、好きなものを買って勝手に食べなと言われた。

 中学の転入手続きにはお母さんがついてきてくれたけど、終わったらそのまま電車に乗ってさっさと帰ってしまった。また学校に通って、いい子にしてたらお母さんのもとに帰れるんじゃないか。ちゃんとした子になれば、お母さんが迎えに来てくれるんじゃないか。そんなかすかな希望にすがるしかなかった。

 四月も半ばを過ぎていたから、クラスのグループ分けはもう終わっていた。この頃あたしは友達を作る方法がわからなくなっていた。家族が壊れる前は何の苦労もなく友達を作れていたのに……。それで初日は一人でいるしかなかったのだけれど、「都会から来たからって気取ってる」と思われてしまったらしい。いつの間にか女子の反感を買ってしまっていた。男子があたしのことを可愛いと噂してるのは耳に入っていた。でも、田舎の男の子たちは声をかけてきたりはしなかった。五月の連休が明ける頃には、クラスに馴染めないまま、すっかり一人ぼっちが定着してしまった。

 ある日の掃除の時間のことだ。あたしはゴミ箱をゴミ集積所に持っていった。このとき、ゴミの分別の仕方が違うと文句をつけてきたのが新垣千鶴だった。元いた学校とは違っていたからわからなかったのだと謝ったのだけれど、新垣にとっては都会の学校を自慢していると映ったようで、ますます怒らせてしまった。

 オロオロするあたしを隣のクラスの長沢くんという男子生徒が助けてくれた。イケメンで勉強のできる子だ。新垣は腹を立てたままどこかに行ってしまった。長沢くんはゴミ分別のルールを丁寧に教えてくれて、あたしはお礼を言って教室に戻った。

 このときからイジメが始まった。

 長沢くんが新垣の片想いの相手だと知ったのはずっとあとになってからのことだ。

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