失恋パンチ (16)

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翌日は土曜日で、午前中の授業はあったが、由香は学校には行かなかった。

久しぶりに晴れ間が出たが、朝起きてもベッドから出る気になれず、母親には具合が悪いから学校は休むと伝えた。会社勤めをしている母親は、高校生なのだから風邪くらい自分で対処できるだろうと、さして心配はしなかった。前日にずぶ濡れで帰ってきたことは黙っていた。

ウソをついて学校を休んでしまった。自分はこのままひきこもりになってしまうのだろうかと思うと、恐怖を覚えた。すでに何度も授業をエスケープして、問題児になりかけているのだ。

メールが一通だけあった。知らないアドレスだ。内容はただ一言だけ、『ヤリマン』と書かれていた。

倫子かもしれない。倫子はもっと直接的な手に出るタイプだが、そうでないという確証もない。おそらく普段から由香のことを面白く思っていない女子の誰かだろうとは思う。女子の中には由香を内心では嫌っている子もいるはずだ。美人だというだけで恨みを買うこともある。きのうの一件で由香のことを畏れるに足らずと思った誰かが、いやがらせのメールを送ってきたのにちがいない。

(こんどはあたしがいじめのターゲットにされるのかな……)

由香はケータイを放り出して、天井を見上げた。

学校には行きたくないが、部屋にこもっていたら、ますます憂鬱な気持ちになっていく。それが嫌でたまらない。

蒸し暑さのせいで、体の中がむずむずする。ベッドの上で寝返りを打った。このベッドで武一とセックスしたこともある。由香は武一の温もりを求めるようにシーツをなでた。すぐに奏の顔が浮かんだ。

「ちくしょう!」

――お前のような女と付き合ったのは失敗だった。

あんなひどいことを言われたというのに、武一に抱かれたくて体がうずく。

悲鳴をあげそうになった。

正午を過ぎた頃、メールの着信音がした。また嫌がらせのメールかと思ってうんざりしたが、開いてみると純からのお見舞いだった。

「純……」

放課後になって由香の様子を見に行き、欠席したことを知ったのだろう。

由香はケータイを抱きしめるように胸にあてた。

まだ、ひとりぼっちじゃない。

居ても立ってもいられず、純のケータイに電話した。電話口から聞こえる純の声が懐かしくて愛おしいものに感じられた。

「純、いまから会いたい。お昼まだでしょ? どこかでランチしようよ」

『先輩、きょうは風邪で休んでるんでしょ? ダメですよ、寝てなきゃ』

ズル休みだと知ったら軽蔑されるだろうかと不安になったが、純に会いたいという気持ちの方が強かった。

「風邪というのはウソなんだ。あたしはピンピンしてるよ」

『ちょっと、天音先輩、どういうことですか。学校、サボったんですか?』

「どうだっていいじゃん、そんなこと。そうだ、画材屋さんにも行ってみようよ。カラーインクを探したいって言ってたでしょ。一時に駅前で待ち合わせ、ね?」

純はしばらく考え込んだあと、由香と会うことに同意した。

ベッドから起き上がってパジャマを脱ぎ捨てると、シャワーを浴びた。新しいパンツにはき替えると、紺色のペディキュアを塗って、星の絵を描いた。UVライトを当てながら、まだ水泳の授業が続くことを思い出した。

(かまうものか)

素肌と同じ色のヌードストッキングをはき、ブラジャーはつけずに紺のキャミソールを着た。デニムのホットパンツに、シフォンチュニックを着ると、時間をかけてメイクをし、最後に水色を基調にした自作のネイルチップをつけた。ヒールサンダルを履いて家を出たときには、もう待ち合わせの時間を過ぎていた。

「やっと来ましたね、不良少女の天音先輩。一時間の遅刻ですよ」

制服姿の純が弱りはてた顔で由香を迎えた。もちろん何度かメールで遅れることを連絡してあったのだが、ずっと待っていてくれたことがうれしい。武一はこんなに長い時間待ってはくれなかった。

「純くん、女の子は準備に時間がかかるものなのよ。これ、基本」

由香がわざとお姉さんぶって言うと、純はため息をついて、

「まあ、確かにきょうの先輩はすごくキレイです」

「もう、純ってば、正直すぎ。いくらでも褒めて。さ、行こっ、おなかペコペコだ。お昼はお姉さんのおごりよ」

由香は自然な仕草で純と腕を組んだ。ノーブラの胸を純の腕に押し付ける。照れる純を引っ張って交差点を渡った。

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