「もー、彩香ったら。照れているのかしら?」
何か反論しようとしたとき、また例の球体が飛んできた。
『さあ、たっぷりとチョコレートを塗ったら、次は生クリームで貴女の体をデコレートしましょう。しぼりたての牛乳から作った自家製の生クリームは味も最高。ふわふわした生クリームの感触を楽しんでください。もちろん食べても問題ありませんが、食べ過ぎにはご注意。エステに行ってダイエットが必要になったんじゃシャレになりません』
球体は彩香たちを誘うように、チョコレートファウンテンのまわりにボテッと置かれた生クリームのかたまりの上を飛び回った。
「チョコレートはともかく、生クリームに美容効果なんて聞いたことないぞ」
「おもしろそー! 彩香、行こう。塗りっこしよう」
「お、おい、美緒」
彩香が止めようとするのも聞かず、美緒は生クリームの中にダイブした。
美緒はボディソープのCMに出てくる女優のように体をクリームだらけにして立ち上がった。酔っ払ったような笑顔で振り返る。
「あ、や、か、ッ」
「うわーっ、やめろ、美緒ッ。抱きつくなー!」
「あらあら、いいじゃない、彩香。友達同士のスキンシップよ」
生クリームに包まれた美緒の豊満な胸が、にゅるんにゅるるん、と彩香の体に押し付けられた。その拍子にバランスを崩してうしろに倒れる。美緒も笑顔で倒れこんできた。
あってはならない状況に恐怖を感じて、おびえた目を美緒に向けた。美緒の手が彩香の胸にそっと触れた。美緒ほどの巨乳ではないが、形のいい豊かな乳房だ。
「ひ……ッ」
美緒の指先が彩香の乳首をなでた。彩香は体を固くした。
「うふふ、敏感ね。感じちゃってるの?」
「うう……」
電気が走ったように体がピクンと震えた。感じているのだ。これまでどの男にも感じたことがなかったのに。
「彩香……、キス……してみよっか」
「み、美緒……、あたしたち……女同士……」
声がうわずった。美緒にキスされたら自分が壊れてしまいそうで怖くてたまらない。美緒が顔を近づけてくる。息がかかる。思わず目を閉じた。
「ぷッ」
いきなり美緒がクスクス笑い出した。目を開けると、美緒が腹を抱えていた。
「な、なんだよ、美緒ッ。冗談がすぎるぞ」
「ゴメン、彩香。もー、彩香ってば、マジになるんだもの。おっかしー」
「あたしが、キスしよう、って答えてたらどうするつもりだったんだよッ」
「あら、そんなのきまってるじゃない。彩香とだったらキスしてもいいわ。だって、彩香はわたしのいちばん大切なお友達だもの」
「女同士だろ」
「女同士だって、みんなキスくらいしてるよ。彩香は意識しすぎなんじゃないかしら。同性愛を嫌悪するのは潜在的な同性愛者だって言うわよ?」
彩香が言葉に詰まると、美緒は笑いながら立ち上がって、また体に生クリームを塗り始めた。
「生クリームがどんなふうに美容に効くっていうんだろ」
「うーん、どうなのかしら。説明を聞き逃しちゃったわね。でも、この感触、気持ちいい。くせになりそう」
彩香も生クリームを乳房に塗ってみる。気持ちいいのは確かだ。美緒に触れられたときの感触がよみがえった。胸がドキドキする。
「あっ!」
と、美緒が声をあげた。
「わたし、すごく怖いこと考えちゃった。宮沢賢治の『注文の多い料理店』よ。これってそんな感じしない?」
もちろん本気でそんな心配をしているわけではないだろう。彩香も苦笑して、
「たしかに体にチョコや生クリームを塗ってくださいなんて、それっぽいな。じゃあ、あたしたちはスイーツになって食べられちゃうのか? でも、ここにはこんなにお菓子があるんだから、どんなヤツにしろ、もうおなかいっぱいになってるだろ」
「それもそうね」
そのとき、球体から聞こえてくる店員の声がトーンをあげた。
『さあ、体にたっぷりと生クリームを塗ったら、目の前にあるお菓子の家にご注目!』
彩香は自分をとりまくように建てられているお菓子の家に視線を向けた。今度は何が始まるのだろうと思っていると――。
ぼむっ!
突然、一番大きな家が爆発した。
彩香と美緒はびっくりして尻もちをついた。そのまま身動きすることもできず、壊れた家を見つめた。
家の残骸の中に肌色をした巨大な風船のようなものがあった。それがふくらんで、内側から壁を吹き飛ばしたらしい。彩香は焼いた餅がふくらんだところを連想した。きなこをまぶせばおいしそうだ。
その風船はもぞもぞとうごめいている。その上半分が、菊の花のように開いた。細い花びらと見えたものは、うにうにと蛇のように動きはじめた。
『注文の多い料理店』のラストはどうなるんだっけ。彩香はしびれてうまく働かない頭でぼんやりと考えた。
ソレは無数の触手を持つ巨大なイソギンチャクのような怪物だった。
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