夏をわたる風 (03)

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きのう、優奈は佐賀に呼び出された。告白だと直感した留美とさやかが囃し立てると、優奈は悲しそうな顔で、

「わたしなんか無理だよぉ」

と言っていた。

留美はその時、可愛らしいが引っ込み思案な優奈が、自分に自信を持てずに不安になっているだけなんだろうと思った。佐賀のほうから告白されたら優奈も自分の魅力に気づくんじゃないか、夢みたいとか言ってうれし泣きしながら告白を受け入れるんじゃないか、と思っていた。

ところが優奈は本当に佐賀をフッてしまい、留美とさやかが詳しい話を聞く間もなく、泣きながら一人で帰ってしまったのだった。

「なあ、どう思う? 助けたほうがいいのかな」

留美が訊いた。

たぶん佐賀もどうして自分がフラれたのか理解できず、翌朝になって優奈を問い詰めているのだろう、と留美は考えていた。きっと女子にフラれた経験などないのだろう。もし優奈が佐賀のことを本当に迷惑に思っているのなら、助けにいったほうがよさそうだ。でも、優奈が佐賀と付き合うことにビビっているだけだとしたら、佐賀に押し切らせたほうがいいような気もする。

「うーん、そうだな」

そう言ってさやかが立ち上がろうとしたとき、山形が席をたって、つかつかと優奈のほうに歩いていった。そして優奈と佐賀のあいだに割って入ると、

「おい、お前、いいかげんにしろよ。秋田が嫌がってるだろ。ちょっと顔がいいからって、ほかのクラスの女子にまでちょっかい出してんじゃねーよ」

「なんだよ、ぼくはただ秋田さんと話をしてるだけだろ」

「秋田は迷惑してる、つってんだよ」

山形が佐賀の胸を小突いた。

一瞬、空気が張り詰めた。佐賀の目が怒りに染まった。しかし、反撃して事態をエスカレートさせるのをためらっているようだ。一方の山形も表情こそ険しいものの、まずいことしちまったー、という雰囲気を隠せない。優奈はおろおろするばかりだ。

その時、ちょうど予鈴が鳴った。ふたりの男子生徒の緊張が解けていった。ゴングに救われたな、などとお互いに思っているのだろう。

予鈴が鳴り終わると、佐賀が山形の肩ごしに、

「じゃあ、秋田さん、そういうことだから。ちゃんと話したいんだ」

優奈が答える前に、山形が教室の戸を閉めた。山形は黙って席に戻ると、マンガ雑誌をバッグにしまって、大きくため息をついた。

「あ、あの、ありがとう、山形くん」

優奈が近寄ってきて礼を言うと、山形は「おう」とだけ言ってまた黙った。

けっこうやるときはやるんだな、と留美は感心した。まあルサンチマン丸出しではあったけれど。

不器用だがいい奴なんだろうと思って留美が軽く微笑みかけると、山形は顔を真っ赤にして目をそらした。

優奈はいつものように長袖のブラウスに長めのスカート、それに黒のタイツをはいていた。冷房が苦手だからと前に言っていたが、いまは額にうっすらと汗をかいている。

「佐賀と何か揉めてたの?」

さやかが訊くと、優奈はごまかし笑いをして、

「もういっぺん、ちゃんと話したいから、ふたりだけで会ってほしいって言われた」

「佐賀のこと嫌いなら、別にはっきり断っちゃっていいんだぜ。相手に気を使う必要なんてぜんぜんないし」

「けいい……、佐賀くんは悪くないんだよ。ただ、わたしのほうが何て言うか、男の人ってちょっと苦手というか、その……」

留美とさやかは顔を見合わせた。

「あんた、ほんとは佐賀のこと好きなんじゃないの?」

「そ、そそ、そんな……、別にわたしは、その……」

さやかの質問に優奈はしどろもどろになった。恥ずかしそうに顔を赤くしている。

「ははーん、そういうことか。で? もっかい佐賀と会うの?」

「ま、まあ、佐賀くんがどうしても、って言うから……。きょうの午後、会ってみる」

消え入りそうな声で照れる優奈はとても可愛く見えた。留美のように美人でも、さやかのように活発でもないが、優奈には守ってあげたくなるようなところがある。

(優奈が本心では佐賀のことを好きなのだとしたら、この子の恋を応援してあげたい)

留美はそう思ったけれど、具体的にはどうすればいいのかわからなかった。それどころか、自分がさやかや優奈に比べて、恋愛のことなど何も知らないのだと思い知らされた気がした。

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[夏をわたる風]

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