第12話 エンジェルフォール (12)
高坂さんは考え込んでいるようだった。
あたしの考えでは、高坂さんが美菜子ちゃんに連絡してきたのは女子高生と性的な関係になりたいからだ。援助交際という形を考えていたかどうかは分からない。でも、タダでしようとも思っていないはず。
「もしもぼくがミーナさんと援助交際をしてもいいと言ったら、いくら欲しいの?」
「わたしは十六歳だと言ったじゃありませんか。犯罪なんですよ。高坂さんは弁護士なんだから、迷惑かけたくないです」
「もしもの話だよ。お手当の条件は?」
「一回につき三十万円です。ゴム有りで」
これだとあなたには売りませんと言っているようなものだ。
「初回だけは半額の十五万円。それでもしお互いに気に入れば、二回目からは正規の料金です。でも高坂さんとは援助交際をしません」
「ぼくはけっこう乗り気なんだけどな」
高坂さんみたいな弁護士だと年収はたぶん一千万円くらい。月収にすると八十万といったところか。手取りで五十万とすると、美菜子ちゃんを買う三十万は簡単に払える額じゃないはず。
だからといって料金を踏み倒す気でもないだろう。美菜子ちゃんのことをけっこう気に入っているみたいだし。
「犯罪になってもいいんですか? 高坂さん、弁護士クビになっちゃいますよ?」
「それは困るな。でも、きみをこのまま帰したくない」
「なんですかそれ。そんなにやさしくされたら高坂さんのこと好きになっちゃうじゃないですか。じゃあ、こうしましょう。きょうはこのままデートしてください。それで、もしもわたしを気に入ってもらえるなら……、わたしにそれだけの額を払ってもいいと思えるなら、もう一度話し合いましょう」
あたしは盗聴を中断した。
どうやら美菜子ちゃんは思っていたよりずっとやり手だ。あとで高坂さんを尾行してどんな人間なのか確かめてやろうかとも思っていたけど、そこまですることもなさそう。高坂さんがどうするにせよ、美菜子ちゃんはどうにかできるだろう。
スマホとイヤホンをバッグにしまった。高坂さんに拾わせたスマホは使い捨て用に中古で買ったやつだから回収する必要はない。
あたしもどこかのカフェでちょっと休んでいこうかな。
そう思って振り返って歩き出そうとしたとき――。
「きゃっ」
「おっと」
ちょうど歩いてきた男性とぶつかってしまった。
「す、すみません」
と言いながら男性を見上げた。その瞬間――。
見とれて固まってしまった。
目力が強くて、キリリとした眉に鼻筋が通った、すごくハンサムな人だったのだ。三十代半ばだろう。背が高く脚が長くてスタイルがいい。体幹を鍛えていそうな姿勢のよさが自信を感じさせる。白シャツに黒スラックスのシンプルだけど洒落っ気のある服装。シャツの胸元を開けて腕まくりしたワイルドな感じは、ぜんぜん嫌味なところがない。
「大丈夫かい、お嬢さん」
よく響くセクシーな低い声。
初対面なのに見つめられただけで濡れてしまう男性なんてそうそういない。
「ん? 俺の顔に何かついているのか?」
男性が顎に手をやって確かめようとしたのを見て我に返った。
「あ、いえ、ごめんなさい。ボーッとしてました」
あたしはペコリと頭を下げた。男性はやさしく微笑むと、「そうか」と言い残してその場を去ろうとした。
「あ、あのッ」
思わず呼び止めてしまった。
男性が立ち止まって振り向いた。あたしはどうしていいか分からずモジモジした。
むう。男と女にはいろんな出会い方がある。だけど、援助交際してる子ならこれくらい必須スキルだろう。逆ナンだ。
「あのッ……、お、おじさん、あたしと……、あたしと遊ばない?」
男性は表情ひとつ変えずにあたしをにらんだ。そして、
「お前、中学生だろ。ませた格好しやがって。子供は家に帰って宿題でもしてろ」
と言うと、あたしの返事も聞かずに背中を向けてさっさと行ってしまった。
まったく相手にしてもらえなかった。中学生とか言われたし。ロリコンじゃない大人の男性の反応としては、いまのが普通なんだろうけど。
でもカッコいい人だったな。あんな人と出会える場があればいいんだけどな。
適当なカフェに入ってマッチングサイトのプロフを考えていると、美菜子ちゃんからメッセージが来た。明日、高坂さんと援助交際することになったという。
[援交ダイアリー]
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