穂波さんの方に脈がないことは確かめれた。一方で快斗くんも穂波さんのことをもう気にしていない。もともと高嶺の花ってとこがあったから、彼氏がいるとわかって――実際は彼氏じゃないけど快斗くんはそう思ってる――あきらめがついたんだろう。
これでもう邪魔者はいない。
次の土曜日。快斗くんと出会ってちょうど二週間になる。あたしは快斗くんとデートに出かけた。黒の柄タイツにベージュのショートパンツ、かわいい白のふわもこニットにモッズコート。セックスアピールを抑えた知的でキュートなコーデだ。
ふたりで映画を観たあと、港に面した公園で海を見ながら歩いた。ここは夜になれば恋人たちばかりだけど、休日の昼間は家族連れも多くてにぎわっている。
それとなく快斗くんと手をつなぐ。快斗くんがそっと握り返してきた。こうしていると健全な高校生カップルみたいだ。
援助交際をしてるような子じゃなかったら――。
考えても意味のないことだけど。
「あのさ……、沙希……さん。前に言ってただろ? 女の子に告白するのは、デートができるくらいなかよくなってからでないと失敗するって」
と、快斗くんが緊張した様子で言った。
あたしは目をうるませて快斗くんの顔を見上げた。
「初めてあたしのこと、名前で呼んでくれたね。うれしい」
「か、からかうなよ。それで……、いまの俺たちくらいの関係になったら、その……、告白とかしてもいいものなのかな」
快斗くんが熱っぽい眼差しであたしを見るので、あせって目をそらした。
「そっちこそからかわないでよ。あたしはただの家庭教師でしかない。きみが好きなのは穂波さんでしょ?」
「もう違う」
じっと見つめられてるのを感じる。
期待に胸がドキドキして体じゅうが熱い。
その一方で怖くてたまらない。
快斗くんを見れない。
「俺は……、沙希さんのことが……、その……」
そのとき、すぐそばであたしを呼んだ男の声で、快斗くんの告白がさえぎられた。
「おう! 沙希じゃないか。久しぶりだな」
快斗くんもあたしも声がした方を見た。ショウマが立っていた。
あたしは快斗くんに握られていた手を引っ込めると、体を震わせてうつむいた。
「半年ぶりくらいか。沙希、すこしはフェラチオがうまくなったか?」
「やめてよ! あんたとはもう関係ないでしょ!」
「そっちの彼は高校生っぽいけど。どうだ、少年、沙希の体の抱き心地は? 沙希はかなりの上玉だが、値段が高いだろ。高校生の小遣いじゃキツいんじゃないか? きみ、沙希をいくらで買ったんだい?」
「何の話ですか?」
と、快斗くんが低い声で言った。
あたしは両手で耳をふさいで、目をぎゅっと閉じた。それでもショウマの声ははっきり聞こえた。
「あれぇ? もしかしてマジで彼氏だったの? おい、沙希。お前、ちゃんと彼氏に話したのか? お前が援助交際してることをよぉ。純情少年をだましたらいかんぞ」
「やめてったら! あたしに構わないで! あっち行けよ!」
「あちゃー、彼氏もショックだよなぁ。何も知らずに中古の使い古しをつかまされたんじゃなぁ。おい、彼氏。沙希は中学の頃から援助交際を繰り返してるんだぜ。その筋じゃ有名な札付きのワルよ。いままで何人の男にヤラれてるかわからんぞ」
「黙れ!」
と、快斗くんがショウマを一喝した。
「沙希さんはそんなことをする人じゃない。あなたが沙希さんとどういう関係なのかは知りません。しかし、そんなふうに女性をおとしめるようなことを言うのは失礼じゃないですか」
ショウマはあざけるようにクックッと笑った。
「行こう、沙希さん」
快斗くんがあたしの手を取った。
あたしは快斗くんに手を引かれて、うつむいたままその場をあとにした。ショウマが背後から何かいやらしいことを言っていたけど、よく聞き取れなかった。
公園の外に出たところで、あたしは立ち止まった。快斗くんも足を止めた。
「かばってくれてありがとう。すごくカッコ良かったよ。でも、あいつの言ってたのは本当のことなんだ。あたしは援交してる。黙っててごめんなさい。でも、言えなかった。快斗くんには知られたくなかった。だって、あたし、快斗くんのことが……」
言葉に詰まったあたしを、快斗くんがそっと引き寄せた。
「俺は沙希さんが好きだ」
[援交ダイアリー]
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