第12話 エンジェルフォール (14)

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「お前、どこでこの店のことを知った?」

 男性が問い詰めてきた。雰囲気がマジだ。あたしは何かマズいことをしてしまったのだと直感した。まったく心当たりはないのだけれど。

「あ、あの……、偶然……、外のテナント看板を見て……」

「俺は偶然なんて信じない。テナント表示だけ見て、どんな店かも知らずに入ってくるヤツがいるかよ。この店の入り口は入りづらい雰囲気をバリバリに出しているだろうが」

 入り口のドアがロックされる音が残酷な刑罰のように店内に響いた。男性がリモコンで操作したのだろう。あたしからは目を離そうとしない。

 閉じ込められた……。全身の体温が下がったように感じられた。

 本当のことを言っているのだけど、高坂さんとの件は説明しようがないし、あの人が常連客だとすると高坂さんの話を出すのは事態を悪化させてしまう可能性もある。

「もう一度訊くぞ。誰に言われて来た? お前のボスは誰だ? 組織は?」

 ヤバい、ヤバい、ヤバい。

 このお店はたぶん裏社会の人間が経営する売春宿だ。目立たない入り口なのも納得だ。バーを隠れ蓑にして援デリをやってるに違いない。あたしのことはほかの闇デリから流れてきた売春婦か、でなけりゃ、どこかの組織のスパイだと疑っているんだ。

 脚の震えが止まらない。口封じに殺されることだってありうる状況だ。

 あたしはすっかり怯えきっていた。

「組織とか……、そういうのは知らない。あたしはただ、さっきおじさんと出会って、すごくカッコいい人だったから……、その、ひ、一目惚れっていうか……。おじさんとお友達になりたくて……、だけど、おじさんはあたしのことなんて子供扱いして相手にしてくれないし……」

 ぜんぶ本当のことだ。相手がウソを言っているか真実を語っているか。この男性がそれを見極めることができるタイプならいいのだけど。

「それで、諦めるしかないと思ったのだけど、落としたスマホのGPSをたどってきたら偶然この店で……、それで、おじさんと再会できて……、それで、あたし、うれしくて、その、だから、あたしは……」

 この男性からは人間的な大きさみたいなものを感じる。だから話の真偽が分かるタイプだと思う。信じてもらえたとしても、あたしが裏の事情に感づいていることを知られたらマズい。そう思っても、怖くて怖くて涙がこぼれるのを止められなかった。

「し、信じてください」

 審判を待つ間、気が気でなかった。

 そして男性は髪をかきあげながら大げさにため息をついた。その瞬間、表情が柔らかくなり、緊張感が消えていた。

「お前の言い分は信用してやる。それから、お前は俺に売り飛ばされるか口封じに消されるんじゃないかと怯えているようだが、そんなことはしない。俺はどの組織にも与しない。しかし、中学生に闇デリさせてるヤツがいるなら、分からせてやろうと思ったのさ」

「あたしは中学生じゃないです。高校生です」

「似たようなものだ。バージンじゃないのも見れば分かる。街で男に声をかけて体を売るのは別に構わん。お前が個人として何をしようとお前の自由だ。だが、ろくでもない男はどこにでもいるし、お前みたいな子供は世間知らずだからな。ニュースで見ただろう。都庁職員が少女を脅迫して客を取らせていた事件」

「あの犯人を通報したのはあたしです。援助交際でレイプドラッグを飲まされそうになって……。たしかにあたしはまだ子供だし、世間を知ってるとは言いません。でも自分がしてることは分かってるつもりです。そういうセリフを言うところが子供なんだって、おじさんは言うかもしれないけど……、そう言われたら言い返せないですけど……」

 あたしはようやく安心できて、涙を拭いた。

 男性はしばらく何かを考えていたけど、やがて、

「せっかくだ。コーヒーでも飲んでいけ」

 と言いながら、サイフォンのコーヒーを氷を入れたサーバーに移した。

「じゃあ、カフェ・トロピカーナが飲みたい。お代はお支払いします」

 男性はすこしだけ面白がっているような目を見せると、生クリームとソーダ水を用意してカクテルを作ってくれた。未成年にお酒を出したら営業停止になるかもしれないのに、そこは頓着してないみたい。

「あたしは沙希っていいます。あなたのお名前を訊いてもいいですか?」

「レンジだ」

 鷹森蓮司さんというのがその人の名前だった。この店も売春宿ではなかったようだ。

 あたしはカクテルを飲みながら都庁職員の事件の体験談を聞かせた。飲み終わるとお礼を言って席を立った。あんまり開店準備の邪魔をしても悪いから。

 去りぎわ、ドアのところで蓮司さんを振り返った。

「また遊びにきていいですか? こんどは営業時間中に。十八歳未満は入店禁止ってわけでもないんでしょ? また蓮司さんとお話ししたいです」

「大人になってからにしろ」

 蓮司さんはグラスを拭きながらぶっきらぼうに答えた。

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