第6話 雪降る街のキス (10)
恵梨香先輩が息を呑むのがわかった。
顔をあげて先輩を見ると、真っ青な表情で唇を震わせていた。
「わ、わたしは……、そんな……」
先輩は脚をガクガクさせはじめ、一瞬ふらついたかと思うとその場に崩れ落ちた。
ものすごくひどいことを言ってしまった。恵梨香先輩に腹を立てていたとはいえ、こんなことは言うべきじゃなかった。あたしの洞察が先輩自身も気づいていない本心を突いていたからこそ、言うべきじゃなかった。
誰だってフラれるのはこわい。自分が傷つかずにすむ方法を無意識に探してしまうものだ。好きな人の恋を実らせてあげたのだと思えば、身を引く自分を認めてあげられる――。そこまでは先輩も自覚していただろう。だけど、真実が明らかになれば自分の方が圧倒的に有利に立てるということも心の奥底でわかっていたはずだ。
「すまない、沙希。きみの言うとおりかもしれない。わたしはいやらしい女だ。自分を軽蔑せずにはいられない」
先輩は両手を床について、うなだれた。
それ以上、言い訳しようとせず、立ち上がろうともしないので、あたしは困ってしまった。先輩が本心を素直に認めたせいで、さっきまでの怒りも消え失せていた。
ちょうどそのとき、巾着の中でスマホが振動した。メールだ。間が悪いと思いながらスマホを取り出して確認する。田辺さんからだった。
『きのうはありがとう。楽しかった。三回分のお礼を用意できたので、二十三日に沙希を予約したいのだが、都合はどう?』
商品を売り買いするためのビジネスライクなメールだ。妙にねちょねちょした言い回しをしないところは好感が持てる。
ちらっと視線を落として恵梨香先輩を見た。まだ床にへたり込んだままだ。あたしはちいさくため息をついて、返事を書き始めた。
『ご指名ありがとうございます。ぜひお相手させていただきます。サービス内容にリクエストがあればどうぞ。できるだけお応えします』
これが誰も知らないあたしの姿なんだ。
返信してしまうと、恵梨香先輩に視線を戻した。
先輩はいい人だからどうしていいかわからないんだろう。絶望だけが支配する理不尽な世界。そんなものを身近に感じたことなんてないはずだ。垣間見せただけでこれほど苦しませてしまうのなら、すべてを話したらどれほど傷つけてしまうかわからない。
先輩のすぐ横にしゃがみ込むと、両腕をまわして先輩の肩を抱いた。
「恵梨香先輩、気に病むことはありません。ライバルを蹴落とそうとするのは、女子なら誰でもすることです。先輩は何も間違ってません。あたしの過去に何があって、いまのあたしがどんな人間だろうと、恵梨香先輩が気にする必要はないです。恋の戦いは非情なんですよ。他人のことに気を使ってる場合じゃないです」
「わたしは鳴海のことが好きだ。だが、沙希のことも好きなのだ」
「あたしも恵梨香先輩のことが好きです。先輩のような人になりたいと思ってます。だから顔をあげてください」
恵梨香先輩が顔をあげてあたしを見た。あたしは笑顔になって、
「あたしも拓ちゃんのことが好きです。拓ちゃんの彼女になりたいです。ライバルなんだから、あたしは先輩のことを応援したりしませんよ」
「沙希……」
先輩は弱々しく微笑むと、あたしの手を借りて立ち上がった。
「沙希、わたしはどうしたらいいんだろうか」
「それは自分で決めるしかないです。いま言ったばかりじゃないですか。あたしは手を貸したりしませんよ。同じ人を好きになったライバルなんだから。ほんとに恵梨香先輩って、普段はしっかりしてすごい人なのに、拓ちゃんのことになるとぜんぜんダメですね」
「わ、わたしはそんなにダメか?」
「ダメダメです。この二ヶ月でなんとか普通に話せるようにはなったみたいですけど」
そう言うと、恵梨香先輩は真っ赤になってしまった。
元気になったようだ。
恵梨香先輩にはがんばってほしい。この恋が実るかどうかはわからない。先輩の告白を受け入れるかどうか、それは拓ちゃんが決めることだ。でも、行動しなければ何も進まない。先輩が拓ちゃんの彼女になったら、きっとあたしはうれしいと思える。
だから、あたしは恵梨香先輩を応援する。
先輩と別れて教室に入る直前、田辺さんからのメールが入った。
『また制服JKで来てほしい。セーラー服でもブレザーでもいい。女子高生との恋人展開希望。沙希に会えるのを楽しみにしている』
制服プレイか。考えてみれば、最初の擬似レイプのときにセーラー服を着たのをのぞけば、田辺さんとは全裸でのセックスばかりだった。制服半脱ぎでのセックスは援助交際の醍醐味だ。三回分と言っていたから、三種類の制服を用意して、うんとサービスしてあげよう。
相手の人が喜んでくれて、あたしも楽しませてもらう。それでいいと思うんだ。
[援交ダイアリー]
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