あたしは口をつぐむと、うつむいた。お兄ちゃんをぎゅっとつかんだままの手がこわばって痛い。
顔をあげると、優姫さんと目が合った。優姫さんは何が起きたのかよくわからないままのはずだけど、あたしに微笑みかけた。おとといから何度も見せられた優しい笑顔。あたしはいたたまれなくなって……。
一目散にその場を逃げ出した。
何も考えられなかった。何も聞こえなかった。
なんだかすごく考えなしな行動を取ってしまったような気がする。
あたしは優姫さんの恋を応援していたわけじゃない。
邪魔したかったわけでもない。
あたしは優姫さんに自分を重ねていたんだ。
だから、優姫さんにはお兄ちゃんにちゃんと告白してほしかった。告白してもいいんだと証明してほしかった。妹のあたしがお兄ちゃんに告白してもいいんだと証明してほしかったんだ。それなのに、告白する前にお兄ちゃんの方からやんわりと拒絶されるなんて、がまんできなかった。
あたしは公園の入り口のところまでくると、立ち止まって息を整えた。だんだん気持ちも落ち着いてきた。花壇のふちに腰掛けて、空を見上げた。風のない、穏やかな日だった。青い空に白い雲。二月だけど、朝から気温があがって、ぽかぽかと暖かかった。
あたしは手袋を取って、ダッフルコートのポケットに手を入れた。ラッピングされた小さな箱が手にあたった。
顔をおろすと、葉っぱを落とした木立の風景がまた目に入った。あたしはため息をついた。
そのままぼんやりと座っていると、優姫さんが走ってくるのが見えた。すぐそばまで来てやっとあたしに気づいたらしく、急に立ち止まった。別にあたしを追いかけてきたわけではないようだ。あたしと目が合うと、優姫さんは何か言いかけたが、両手を口にあてて言葉を飲み込んだ。そして、また走って公園を出て行ってしまった。
泣いていた。
あたしのせいかも知れない。そう思いながら、あたしは立ち上がると、広場の方へ歩いて戻った。
お兄ちゃんはまだ噴水のところにひとりで腰掛けていた。優姫さんから渡された紙の手提げ袋を手にしている。ゆっくり近づいていくと、お兄ちゃんはあたしに気づいて顔をあげた。あたしはお兄ちゃんのすぐ隣に座った。
「恋人にはなれない。そう返事したよ」
お兄ちゃんがつぶやいた。
「うん」
「わかってるんだよ。早瀬の心が女の子だってことは。女の子として見ても、早瀬はいいやつだと思う」
「うん」
「でも、恋愛の対象としてなんて見れないよ。ずっと親友だったんだから」
「そうだね」
「俺は早瀬のことを傷つけた」
お兄ちゃんは寂しそうだった。あたしは元気づけようと思って言った。
「だけど、お兄ちゃん。優姫さんとは今までどおり友だちでいてあげてよ。告白されて振ったから気まずいかも知れないけどさ。だからって、それで二人の関係が壊れちゃう必要なんてないよ」
そして、妹から告白されて、妹の気持ちを拒絶したとしても、兄妹なのはずっと変わらないんだから。
あたしはポケットから取り出したチョコレートの包みをお兄ちゃんに差し出した。
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