人妻セーラー服(07)

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 くるみはイケメン少年のかげに隠れて、そっと背後をうかがった。

(なんでなんでなんで、どうしてお母さんがこんなところにいるの!?)

 なんでこんなところに、と言っても、もちろんただの買い物だ。単にこちらの商店街のスーパーでさくらんぼのセールをやっていたというだけ。娘の恥ずかしい姿を目にしたら何と言うかは分からないが、セーラー服なんか着て歩いているくるみが悪い。

 さきほどイケメン少年と別れて通りを歩きだしたくるみは、すぐに前方から歩いてくる自分の母親に気づいたのだった。見られたらマズいと思って、反対方向に歩きだしたけど、こんどは実家の近所に住んでいる顔見知りの牧野さんの奥さんが歩いてくるのに気づいて立ち止まった。牧野さんに見られてもマズい。すると、牧野さんはくるみの母親に気づいて、手を振りながら母親を呼んだ。振り向くと母親の方も牧野さんに手を振って、歩調を速めて向かってきた。

 このままじゃ挟み撃ちだ、と思ったくるみはイケメン少年のところに戻るしかなかったのだ。

 知らんぷりしてやり過ごそうとするくるみ。しかし、母親と牧野さんはくるみのすぐ後ろで合流すると、そのまま立ち話を始めた。

「あれって、お前の母親? なんでコソコソ隠れるんだよ」

「うるさいわね。ワケアリなのよ」

 気丈に振る舞っているがこの怯えようはただ事じゃないな、もしかして親とうまく行っていないのだろうか、と少年は思った。ところで、この少年は裕福な家庭に生まれたが、複雑な家庭の事情で高校生でありながら一人暮らし。くるみに対する同情心とも親近感とも言える感情が湧いたのは無理もないことだった。まあ、誤解なわけだが。

 くるみは再び少年に肩を抱かれて我に返った。

「来いよ。そこの店に入ろうぜ。ハンバーガーでも奢ってやるよ」

 少年が初めて見せた優しい笑顔に、くるみは素直にうなずいた。たまたま目の前にハンバーガーショップがあって助かった。ただし、断じて奢られるわけにはいかない。そこは断固拒否した。

 会計を済ませてテーブル席についたくるみは、とりあえず自己紹介した。

「あたし、高瀬くるみ。きみは?」

「瀧本あかね。ヒラコーの生徒なら名前くらいは聞いたことあるだろう?」

「いや、ぜんぜん。有名人なの?」(七年前に卒業してるから知るわけないよ)

 くるみの返事にあかねくんは気が抜けた様子。実際、陽蘭高校で彼を知らぬ者はいない。

「でも、『あかねくん』かぁ。カッコいい名前だね」

 ガキっぽい態度に比べて名前だけは素敵じゃん、と、くるみはからかったのだが、あかねくんは照れ顔になった。幼い頃は女の子みたいな名前だとさんざんからかわれていたせいで、この名前はコンプレックスになっていたのに、くるみが本心から認めてくれたからだ。それを見て、くるみは「年相応にかわいいとこあるな」と思った。

「ところで、くるみ。お前、さっきからタメ口で喋っているが、俺の方が先輩だぞ。すこしは口の聞き方に気をつけろ」

 くるみはプッと吹き出しそうになって、あわてて口を押さえた。

(この子、あたしが高校一年生だって本気で信じちゃってる)

 あかねくんは不満に思ったが、こんな態度の女子は初めてなので、どう対処すればいいのか分からない。普段はむしろ畏怖の対象になっているくらいなのに。

「あかねくんってカワイイなぁ。きみ、女の子にモテるでしょ? カッコいいし、頭も良さそうだし、ちょっと不良っぽくて自信満々に見えるけど、素直で世間知らず。子供っぽいのに背伸びしてる感じが魅力的」

「な、なんだそりゃ。おい、くるみ、人をからかうのも大概にしろ」

 まったく調子の狂うヤツだ、と思いながらも、悪い気はしないあかねくんである。

 そこへ若い女性店員がハンバーガーセットを運んできた。

 くるみが礼を言うと、店員はイケメン少年と美少女の少女漫画みたいなカップルに顔を赤くした。くるみはバレていないことを知って笑顔になった。

 くるみはハンバーガーを手にすると、あかねくんの視線にかまわず、かぶりついた。

 あかねくんは自分がくるみに魅了されていることに気づき始めていた。怒ったり、びっくりしたり、怖がったり、笑ったり、表情がころころ変わる。有名人である自分を知らないというこの少女は、畏れることも媚びることもなく、素のままで接してくれている。まるで別世界から突然現れたかのような、変な女。

 そんなあかねくんの気持ちにまったく気づくことなく、くるみは両手でハンバーガーを持ってモグモグと頬張っていた。ところが、ふとハンバーガーを持つ手に目をやった瞬間、くるみは心臓が止まるかと思える衝撃を受けて固まった。

 血の気が引いて、全身の毛が逆立ったように感じた。

 左手の薬指で銀色に輝く、それは――。

(結婚指輪したままだったぁぁぁッ!!)

 くるみは何とか平静を保とうとしたけど、それは無理な話だった。どうしても指輪を意識してしまう。それとなく外すのは難しいし、なくしたら大変だ。

「おい、くるみ。お前、薬指に指輪してるんだな。もしかして、その指輪――」

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