お兄ちゃんと恋のライバル (02)

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あたしが返事に困ったまま不審に思って見ていると、その人は親しげな笑顔になった。

「やっぱりまりもちゃんだ。もしかしてバレンタインデーのチョコ?」

「は、はあ」

あたしの本名は麻里子というのだけど、あまりに平凡な名前にコンプレックスを感じていたので、友だちには「まりも」と呼ばせていた。お兄ちゃんによると、幼いころのあたしが自分の名前を「まりこ」と言えずに「まりも」と言っていたのが始まりなんだそうだ。由来はともかく、あたしのことをまりもと呼ぶこの人が、人違いをしているわけではないのは確かだ。

その人はベージュの学生コートを着ていたが、前のボタンをはずしていたので、中に明るい紺のセーラー服を着ているのが見えた。膝丈のスカートに白のスカーフ、黒のタイツにローファーという、少々古風といってもいい制服からすると、どうやらお兄ちゃんの高校の女子生徒らしい。

ということは、お兄ちゃんの知り合いなのだろう。でも、あたしをまりもと呼ぶほど親しい人はいないんだけど。

「あの……、お兄ちゃ……、兄のお知り合いですか?」

あたしはかすれた声でやっとそれだけ言えた。

「わたし、早瀬優姫。優しい姫と書いて優姫(ゆうき)。まりもちゃんとは小さいときに一緒に遊んだこともあるんだよ」

早瀬という名は記憶の奥にかすかに残っていた。よくは思い出せないが、お兄ちゃんの友だちにそんな名前の人がいたような気がする。それも相当むかしの話だ。幼なじみというやつなのか。

「あっはっはーっ、やっぱりわかんないか。直人くんとはクラスメートなの」

そういってその女子高生はあたしの前で得意げにくるりと回ってみせた。

改めて見ると、かなりの美人だ。さらさらした長い黒髪、くりくりとした大きな目、きゅっと締まった足首。セーラー服だから体型ははっきりわからないが、けっこう胸も大きい。

お兄ちゃんのことを名前で呼ぶこの人が、お兄ちゃんとどういう関係なのか。ただのクラスメートなのか、それとも……。

それとも、お兄ちゃんの彼女……?

「なになに? まりもちゃんもバレンタインチョコ買いにきたの?」

「いや、あの……」

優姫さんがあたしの持っているハート型のモールドを覗き込んだ。

「しかも手作りね? それもこんな大きいハート。あーっ、アイラブユーって書いてあるぅ。もー、しばらく見ないあいだに、まりもちゃんも年頃の女の子になってたのね。お姉さん、うれしいぞ」

「そそそ、そんなんじゃないです!」

「えーっ、まりもちゃんみたいなかわいい子から手作りチョコもらったら、相手の男の子だって舞い上がっちゃうと思うけどなー」

優姫さんがいじわるそうに言うので、あたしはあわててモールドを棚に戻した。

「別に、ちょっと見てただけで、ただちょっと、手作りチョコってどんなカンジかなーっと。だいたいチョコをあげるかどうか決めてないし、そもそもあたしなんか恋愛の対象として見てもらえてないし……」

そこまで言って、あたしは口をつぐんだ。頭に血がのぼって、顔が熱くなるのを感じた。何やってるんだ、あたしは。聞かれてもいないことまでぺらぺらと。恥ずかしさに顔を伏せた。

気まずい。どうしようと思っていると、優姫さんがまた笑い出した。

「ごめん。からかうつもりはなかったのよ」

あたしが顔をあげると、優姫さんはどこか遠いところを見るような顔をして、

「わたしも初めて手作りのチョコレートに挑戦したのは中一のときだったな。でも、好きな人にあげる勇気は出なかったんだ。だから仲のいい女の子どうしでチョコを交換しあったりして」

それからあたしの方へ視線を戻すと、優しく微笑んだ。

あたしはなんとなく照れてしまって、何も答えられなかった。ただ、嫌な感じはしなかった。この人懐っこい女子高生が、いい人なんだということはわかったからだ。

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