[Back]
結夢が観念して水面に顔を出せば、三田村もそうするだろう。結夢がそうであるように、三田村もまた自分だけ逃れることを潔しとしないはずだ。不純異性交遊を疑われ、退学になる危険があるとしても。
青臭い考えだ。大人ならもっと合理的に行動できるはずだし、ひとりだけ見つかって怒られるのが、ふたりにとって最善の方法だ。それは恥ずかしいことではないし、裏切りでもない。でも、あたしたちはふたりともそれができない。
どうしようもなく子供なのだ。
キャッチボールしかさせてもらえない下級生にすぎないのだ。
それでも、大人になるためにすこしずつでも変わっていかなきゃならない。ずるくて、たくましくて、自分のことは自分で始末できる大人へと。いまがそのときだ。
結夢は三田村の肩を押さえつけて水中にとどまるよううながすと、立ち上がろうとした。
すると、今度は三田村が結夢の肩を押さえて水底に引っ張りこんだ。結夢は息が苦しいというしぐさをして、水面を照らすかすかな明かりの中で、必死に身振りで自分の考えを伝えようとした。しかし三田村は結夢の考えがわからないらしい。
三田村は結夢の肩を押さえたまま水面に浮き上がり、さきほどと同じように器用に息継ぎをした。
息継ぎのやり方を結夢に教えようとしたのかと思ったが、そうではなかった。
三田村は結夢と向かい合わせになると、水中で結夢を押し倒した。
そして、いきなりキスをしてきたのだ。
あまりのことに結夢は抵抗することもできなかった。
三田村の舌に結夢のくちびるが割られ、口をこじあけられた。
乳房が三田村の厚い胸板に密着している。水中では三田村の肌はさらさらしていて、すこしひんやりしていた。そして未知の器官が結夢の股間にあたっていた。
男のアレのことはよく知らない。まして勃起がどんな状態なのかもわかってはいなかった。結夢のアソコを突っつくソレは意外に硬く、存在感を主張している。
何も考えられなくなった結夢はただ体をこわばらせてじっとしていることしかできない。その結夢の口に三田村が息を吹き込んだ。
ようやく結夢は三田村の意図を理解した。
映画やアニメで、水中で身動きの取れなくなったヒロインを助けるために、主人公が口移しで酸素を与える場面が出てくることがある。そうしたことは実際にはうまくいかないのだが、プールに潜っている程度の深さなら、マウストゥマウスの呼吸は可能なのだ。しかも、三田村は救命処置の訓練を受けたことがあると言っていた。
三田村はまだあきらめていなかったのだ。
結夢は目を閉じて、与えられた空気を吸い込んだ。
ごく自然に、三田村の体に腕をまわして引き寄せていた。三田村のアレがいっそう硬さを増した。確かなものに守られているという安心感につつまれた。
力強い腕で肩を抱かれたまま、結夢はプールの底に沈んでいった。
そのまま長い時間が流れたように感じられた。
目を開けると、水面を照らす懐中電灯の光は消えていた。
真っ暗だ。
けれど、三田村に抱かれているおかげで、不安は感じない。
三田村が水底を蹴って、結夢の手を握って浮上を始めた。結夢は静かに水面に顔を出し、肩で息をしながらまわりの様子を確かめた。磯山がプールハウスの陰に姿を消すのが見えた。ほどなくして入り口の格子扉がきしむ音が響いて、危機が去ったことを告げた。
結夢と三田村は顔を見合わせて、安堵の笑みを浮かべた。
しかしすぐに全裸で抱き合っていることに気づいて、結夢はあわてて三田村から離れた。
「その……、結夢……。ゴメン。その……」
三田村の声を聞くだけで恥ずかしくてたまらない。裸で抱き合ってキスしてしまった。これはもうセックスしたも同然ではないか。
「あ、謝ることないよ。じ、人工呼吸だし……、おかげで助かったし……。あの……、三田村くんは、その……、初めて……?」
「いや、その……」
三田村が困ったように言葉を濁した。それを聞いて結夢は消え入りたいような思いだった。三田村がいままで思っていたような少年ではないのだとさんざん思い知らされたあとなのだ。この男はキスの経験があるのかもしれないし、それどころかセックスの経験さえあるのかもしれない。
三田村の前では自分はちっぽけな存在なのだ。それでもこの男の子のことをもっと知りたいと思った。もっと親しくなりたいと思った。
「あ、あたしは初めてだったんだからッ。三田村くんにファーストキスを奪われちゃったんだから。せ、責任取りなさいよ」
――責任を取ってあたしと友達になってください。
すると三田村は初めて余裕のない表情を見せた。
「俺は結夢のことが好きだ」
そう言われて、結夢は暗闇の中で真っ赤になった。
「キ、キスしたからっていい加減なこと言わないで。女の子に対して失礼だよ」
三田村が自分に恋愛感情を持っているはずなどない。好きな女の子が全裸でいるのを見て、あんなふうに普通の態度を取れるはずがない。恋の経験がなくても、それくらいのことは結夢にもわかる。
そこで結夢は、自分のいまの気持ちが恋なのではないかと思いいたり、ますます動揺しはじめた。
「いい加減なことを言ってるわけじゃない。たしかに、お前のことは美人の優等生だけど面白みのないヤツだと思っていた。でも、さっきお前が、自分は優等生なんかじゃない、フリをしているだけだ、って打ち明けたとき、俺の気持ちを持っていかれた」
「なによ、それ。意味わかんない」
「ゴメン。でも俺はお前のことが好きになっちまった。それは本当だ。俺の彼女になってほしい。俺じゃダメか?」
「ダメなんて言ってない。ただ、初めて男の子を好きになったとたん、その人から告白されて、もうどうしていいかわからない。あたし、恋をするの初めてなんだから」
「結夢……、それじゃあ……?」
恥ずかしさに体を固くした結夢は、黙ってコクンとうなずくことしかできなかった。
キャッチボールの練習しかさせてもらえない、それすらうまくできるかわからない。夢を見る力さえまだないし、それで本当の自分なんて見えるわけがない。
だから毎日がつまらないのは当たり前なのだ。
ただし、いっしょに歩いてくれるパートナーがいるのなら――。
恋をするとすべてが変わる。
答えは単純だった。
おわり
[Back]
[作品リスト]
Copyright © 2013 Nanamiyuu