翌日も同じように塾の前で快斗くんを待っていると、三人組の男子高校生がナンパしてきた。偏差値の高い私立高校の制服を着て、顔もまあまあだ。けれど、あたしがいつも会ってる大人の男性からしたら、まるっきりのガキだ。
「塾に通ってる子じゃないよね? 友達を待ってるの? よかったらいまから俺たちとカラオケでも行かない?」
視線だけを動かしてまわりをすばやく確認した。すこし離れたところに快斗くんがいて、こちらの様子をそれとなくうかがっていた。
「学校どこなの? よくカワイイって言われるでしょ」
口説き方はヘタクソだけど、まあ、高校生ならこんなもんだろうね。快斗くんもこれくらい積極的になればいいのに。ナンパ男子のセリフを聞き流して快斗くんの方を見ると、ずっと同じ場所に立っている。
あたしは大きく息を吐き出すと、
「ごめんなさい。彼が来たから、あたし、もう行くね」
と言って、その場から移動した。ナンパ男子たちは追ってきたり舌打ちしたりはしなかった。高偏差値進学校の生徒は人前で下劣な態度は取らないものだ。
あたしは快斗くんの前に立つと、にらみつけた。
「どうして助けにきてくれなかったの?」
「いや……、だって、別に話をしてるだけだっただろ。あんたの友達かもしれないし」
「またそうやって言い訳を探すんだね。ああいう場面では、さっと助けに来るのが男の子の役目なの。あたし、取り囲まれてすごく怖かったんだからね。やらない理由をあれこれ考えてるようじゃダメ。そんな生き方をしてたら、この先、恋のチャンスを逃しまくりだよ。ホナミさんだって見てた。カッコイイ男の子をアピールできるチャンスだったのに」
「わかったよ。こんど同じようなことがあったら、ちゃんとやるよ」
「わかってないね。どんなことだってチャンスは一度きりだよ。きみはいまここで決めないといけない。できない理由をあげつらって何もしない負け犬になるか、それともリスクを取って行動するか。受験と同じ。受かるわけないと思って勉強せずにダラダラ過ごすか、毎日努力して試験を受けるか。先に進めるのはどっちかわかるでしょ」
快斗くんは黙ったままあたしの目を見つめた。真剣な目だ。
「どうすればいいんだ?」
長い沈黙のあとでそうボソリと言った快斗くんに、あたしは笑顔を見せた。
「そうね。とりあえず、いまからドーナツでも食べにいこ。あたし、お腹減っちゃった」
ようやく快斗くんは家庭教師の沙希先生の話を聞く気になってくれた。
それからは塾のある日はいつもドーナツ屋さんやファミレスでおしゃべりをした。
快斗くんはフツメンだけど素材は悪くない。こざっぱりとしていて、変な臭いもさせてないし、女の子に嫌われるような要素はあまりないんだ。成績はいいし、家はお金持ちだから、変に卑屈になってたりもしない。ただし恋愛についてだけは自信がなくて、自分がモテるわけないと思ってる。快斗くんみたいな人は小学校ではモテないから、そのあたりに嫌な思い出でもあるんだろう。
だから、まずは女の子とおしゃべりできるようになることが重要だ。あの有川とかいうブス女子大生じゃ教材として使えないしね。というわけで、たわいのない会話をすることに徹し、快斗くんが女の子の嫌う話題や話し方をしたときは注意した。快斗くんはいろんな分野のことを広く浅く知っていて――あの本棚を見ればそれは予想がついた――、話題を引き出すのは難しくなかった。
一週間もすると、快斗くんは女の子との会話のポイントをつかんだようだ。女の子に質問して相手にしゃべらせることで会話をリードすることも、すこしずつできるようになってきた。そうなってみると快斗くんは意外なほど魅力的な男の子だった。
そろそろ『ホナミさんに話しかけてみる』というステージに進んでもいいかな。
「話しかけてみろって言われても、きっかけがないじゃないか」
と、快斗くんはホナミさんを遠目に見ながら怖気づいた。塾の帰り、いつもの制服姿のホナミさんは、友達に手を振りながら誰かとスマホで話してる。
「きっかけなんて作ればいいの。目の前で転んでみせるとかね。ほら、ちょうど友達と別れてひとりになるよ。でも、早まって告白とかしたらダメだよ。まだね」
あたしと快斗くんはすこし距離を開けてホナミさんの後を追った。快斗くんは黙ったまま顔をあげて歩いてる。どうやら心を決めたようだ。
ひょっとしたら、本当にうまくいってしまうかもしれない。
もしも快斗くんがホナミさんと友達になれたら……。そのときはあたしなんか、もう見向きもされなくなる。それが不安だった。ヤリマンの子なんて身を引くしかない。好きな子と付き合った方がいいに決まってるもん。
ふと、ホナミさんがいつの間にかストライプ柄の大きなリボンタイをつけてるのに気付いた。よこみつの制服にはないものだ。それにメガネもかけてる。よく見るとブレザーの校章エンブレムのデザインも変わっていた。上から別のワッペンを貼り付けたらしい。
頭の中で警報が鳴り響いた。
何か変だ。別の世界に迷い込んでしまったかのような、嫌な予感がする。
何だかわからないけど、間違いなく何かとんでもなくマズイいことになってる。
[援交ダイアリー]
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