「いままでの俺の人生はからっぽだった。デイトレで金を稼ぎ、デリヘルで女を買う。それだけさ。夢とか何かやりたいこととかがあるわけでもなく、だからといっていまの毎日に不満を感じることさえなかった。沙希ちゃんに出会うまでは」
やれやれ。ここにもアイデンティティに悩んでいる人がいたよ。
あたしは一条さんがあたしの脚線美に注目するように脚を組んでみせた。すこしスカートをずらして、ニーソと裾のあいだの素肌が見えるようにする。これでちょっとは元気出せ。
「あたしはただの女子高生ですよ? 大人の男性から人生相談とかもちかけられても困るんですけど」
「別に相談しているわけじゃ……、いや……、うーむ……。ただ、沙希ちゃんは高校一年生なのに虐待や……、ほかにもいろいろと――」
「そーゆー話はもう忘れてくれませんか? あのときはあれこれ口走っちゃいましたけど、本来お客さんに話すようなことじゃないし。あたしの過去に何があろうと、それは一条さんには関係ないことですよ。たぶん、あなたは一時的に鬱になってるだけ。お父さんに強姦されてる女の子がほんとにいるなんて、そんなエロ漫画でしか読んだことがなかったような闇の世界が身近にあると知ったせいでね」
「欲望にまかせてきみをレイプしてしまったことを申し訳なく思っているし、自分を恥じている。まだ沙希ちゃんに謝ってなかったから」
「だから、そーゆーのはもういいんだってば。そういうのって一条さんらしくない。ミーナちゃんもあたしも好きで援助交際してるんだ。お金のために我慢しておじさんとセックスしてるわけじゃない。あたしが体を預けるのは気に入った人だけ。好きになった人でなきゃリピーターになってほしいなんて言わないよ」
あたしは立ち上がると、一歩前に出た。一条さんに背中を向けたまま、
「そろそろはっきりしてくれませんか? あたしを買うのか買わないのか」
それから振り向いて一条さんの顔を指差し、声をワントーンあげて言った。
「お兄ちゃんッ! あたしの苺は一回十五万円よ。ゴムあり、ホ別。キスはしてもいいけど、フェラはオプション。料金は全額前払い。こんなにカワイイ妹との夢のようなひとときを見逃すつもり? 大好きなお兄ちゃんのためなら、妹はどんなことだってしてあげられるんだからッ」
そのポーズのまま返事を待っていると、一条さんが唇をゆがめた。笑いを噛み殺している。そのうちに手で口を押さえ横を向いてしまった。
「ちょっとォ、何か言いなさいよ! あたしだって恥ずかしいんだからね」
「うん、ごめん、沙希ちゃん」
言いながら立ち上がった一条さんはあたしの伸ばした手を取って引き寄せた。
「おかしくて笑ったわけじゃない。きょう沙希ちゃんに会えてよかった。そう思ったらうれしくてね。沙希ちゃん、きみがほしい。きみを抱きたい。俺の部屋に来てくれ」
見つめられてほっぺたが熱くなった。
「うん、いいよ。一条さん、きょうは優しくしてくださいね」
恥ずかしさにうつむいて答えると、一条さんがあたしの肩をそっと抱き寄せた。まわりに人がいっぱいいるのでなかったらキスされていたんだろう。
いまからこの人に抱かれるんだと思うとドキドキする。胸の奥がきゅうってなる。いつだってそう。期待と不安で胸が高鳴る。
これからしばらくの間、あたしと一条さんは恋人同士になるんだ。お金で体を買われただけだっていう人もいるだろうけど、そんなんじゃない。心も体もひとつになって、ふたりで気持ちよくなるんだ。それはとっても素敵な体験なんだ。
一条さんのマンションは歩いて一分もかからないところにある。前にも来たことがある三十三階の3LDKだ。小さいけど高級なチェストとダイニングテーブルくらいしか家具を置いてなくて、生活感のない部屋を思いだす。
エレベーターを降りて後をついていくと、一条さんは自分の部屋の隣のドアの前で立ち止まった。美菜子ちゃんのお父さんが娘をレイプするために使っていた部屋だ。一条さんはキーを取り出して、そのドアを開けた。
「ミーナちゃんの父親から居抜きで買い取った。もうローンを払い続ける意味もないからな。俺にとっては不動産投資になるし」
「まさか、この部屋でミーナちゃんとしてるの!?」
「彼女の希望でもある。父親との思い出を上書きしたいんだそうだ」
逆療法は危険だと思ったけど、気持ちはわかる。あたしだってレイプされるために街をさまよった時期がある。それでもレイプ願望は消えてないし、いまもフラッシュバックに苦しんでる。あたしたちはみんな手探りで過去と闘っていくしかないんだ。
「なかなかおもしろい部屋なんだよ。俺の趣味とはちょいと違うがね」
部屋に通されたあたしは息を呑んだ。なんだこれは!?
二十帖ほどのリビングはピンクを基調とした壁紙に、パステルレッドとパステルオレンジのタイルマットを敷き詰めた床、ピンクのメルヘン柄のカーテンとフリルたっぷりセンタークロスのレースカーテン、かわいらしいアンティーク調のソファとテーブル、これまたかわいいお姫様ドレッサー、シャンデリア風の照明。そしてなんと言っても――。
[援交ダイアリー]
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