男の娘になりたい (14)

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「バレンタインデーなんて禁止だ。昭和の古臭い因習でしかないものに舞い上がって、あなたたち、女性として恥ずかしくないの?」

 と、長谷川さんがヒステリー気味にまくしたてている。

 歩夢はふたりの女子――本物の女子、最近歩夢と仲のいいふわふわ系の女子だ――と一緒に長谷川さんに責められている。どうせいつものジェンダーがどうのとか喚いているんだろうなと菜月は嘲りの気持ちを抱いたが、ジェンダーフリーを体現しているとも言える歩夢が何を責められているのか。

「どうしたのさ?」

 菜月は女子のひとりに尋ねた。

「あ、菜月さん。生徒会の人がバレンタインは禁止にするって言ってて。わたしたち、きのうの放課後、手作りチョコの道具を買いに行ったんだけど、この人が見てたらしくて。登校してきたらいきなり文句言われて……」

 手作りチョコ、という単語に菜月はハッとなった。

(歩夢が手作りチョコ? いったい誰に贈るんだ?)

 その歩夢を見ると、何やらうれしい気持ちを必死に隠しているように唇をぷるぷるさせている。それを見て菜月は脱力した。

(この子、長谷川さんに『女性として恥ずかしくないのか』と言われて、女性扱いされたことがうれしかったんだな)

 同じことを長谷川さんも思ったらしい。歩夢をにらみつけて、

「そもそもあなたは男でしょう? 男尊女卑のイベントに参加するなんて、いくら女のフリをしてても、男の本性はそのままじゃないか」

 そのセリフに腹を立てた菜月は歩夢と長谷川さんの間に割って入った。しかし、文句を言ったのは大河の方が先だった。

「いまのは聞き捨てならねーな。お前の目にどう映ってるか知らないが、歩夢はどこからどう見ても女だぜ。すくなくとも、どこかの生徒会役員様よりよっぽど女らしいや」

「ふん、そう思うのはあなたが男の価値観で見てるからだ。この子が演じてるのは男から見た女らしさでしょ。そんなのは本当の女らしさじゃない。そういう男の価値観の押し付けがどれほど女子を苦しめてるか分かる? 社会的な視点でものを考えることもできずに自らの加害性に気づきもしない男子は黙ってて」

 長谷川さんは大河に臆することなく言った。意味があるのかないのかよく分からない思想的な言葉で反論されて、大河はひるんだ。女と口喧嘩しても勝てないな、という顔で菜月を見た。あとは頼む、と目が訴えている。

 菜月は一歩前に出ると、

「あんたさぁ、歩夢が自分より遥かにカワイイ女の子になっちゃったから妬んでるんでしょう? 歩夢だけじゃない、女子制服を着てる男子たち、みんな長谷川さんより美人だよね。悔しいからって、バレンタイン禁止はないんじゃない?」

 彩乃だったらこんな感じでイヤミを言うのかなと思いながら、せいぜい陰険な表情を作って言った。でも、慣れてないせいで目の周りの筋肉が引きつっている。

 長谷川さんは菜月の言葉は何であれガマンができないらしく、目をむいた。

「バレンタインなんて菓子メーカーの販売戦略でしかない。そもそも女が男にチョコを贈るなんて、変だと思わないの? いい加減、価値観をアップデートしてよ。こんな男尊女卑がまかり通っているのは日本だけ。海外では男性が女性に贈り物をする日なのに。日本の社会がいかに遅れているか、本当に恥ずかしい」

「バカね。長谷川さんは知らないかもしれないけど、チョコをもらった男子はホワイトデーに三倍返ししなくちゃいけないんだよ。どこが男尊女卑なもんか。むしろ、世間じゃバレンタインデーなんてなくなればいいと思ってるのは男の方が多いんだ。バレンタインデーは女の子のためのイベントなんだよ。渡す相手がいないなら黙ってな。ほかの女子の恋愛をジャマするんじゃねーよ」

 がんばってマウント取ろうとするものの、男子相手だったら口より先に手が出る菜月である。言葉の暴力を駆使するのはは苦手だ。長谷川さんを攻撃しながらもヒリヒリするものを感じ、「くそー、この場に彩乃がいてくれたらいいのに」と思っていた。生徒会役員の優等生相手にまともに議論しても勝てる気がしない。

 しかし、長谷川さんが反撃しようと口を開き、菜月が身構えたとき、大河が横から割り込んだ。

「なあ、長谷川。男も女もチョコを贈っていいってことにすればいいんじゃないか? お前だって男が女に贈り物をするのは否定しないんだろ? いまそう言ったよな。男女平等。これで円満解決じゃねえか」

 歩夢と一緒にいたふたりの女子が「そうだよ、それがいいよ」と口々に言った。

 菜月は大河の本音がバレンタインにかこつけて歩夢に告白することだと分かっているから大河の案には反対したいところだが、そんな主張は正当性を持ち得ないのも分かる。

 それは長谷川さんも同じで、口ごもってしまった。頭の中では反論のロジックを必死に考えているのだろう。大河と菜月と歩夢の間を視線が行ったり来たりしている。

 そこへちょうど現れたひとりの女子生徒が声をかけてきた。

 二年生の生徒会長である。

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